東京のバナナ

Pocket

 

次の予定まで時間ができたので、ちょっとそのあたりをぶらつくことにしたわたしは、滅多に入ることのないインテリア雑貨の店に入った。

それこそ、収納ラックが欲しいとか布団カバーを交換したいとか、なんらかの目的がある時にしか訪れることのない洒落た空間は、わたしにとっては明らかに異質で違和感がある。だが、こんな時こそ社会を知るチャンスである。世の中の意識高い系女子たちが、どのようなアイテムを駆使して日常生活を充実させているのか、その秘密を暴く格好の機会となるからだ。

 

それにしても、便利そうというかアイデア商品というか、同じカテゴリーにいくつものラインナップがあるから面白い。たとえば衣服のハンガーで「ニット専用」を謳っているものは、ハンガーの素材が滑らない樹脂でできている。すべてこの素材で作ればいいのでは・・と思わなくもないが、滑らなすぎることが逆に使いづらいのかもしれないので、これはやはりニット専用なのだろう。

さらに「キッズ専用」や「ズボン専用」など、それぞれの用途に合わせてサイズやフォルムの異なるハンガーが用意されており、「洗濯物を干すってだけでも、大変なんだな」と、現代人の洗濯事情に同情してしまうのであった。

 

余談だが、かつてわたしが購入して便利だと感じたハンガーは、パーカーやフーディーを干す際に「フード部分が持ち上がる構造」のもの。フード付きの衣服は厚手の場合が多い上に、フード部分の生地が乾きにくいのがネックとなるが、このハンガーならばしっかりとフードを持ち上げてくれる&フードの内側に空洞を作ってくれるので、胴体部分が乾けば自ずとフードも乾くのである。

 

そんなこんなで、買う気もないのに店内を物色するわたしは、とある商品に目が釘付けになった。それは、バナナスタンドだった。

バナナスタンドというアイテムがあることは知っていたし、海外ドラマなどでバナナがオブジェのように飾られているシーンを見たことがあるので、その存在自体は認識している。だが、わざわざバナナを保存?飾るため?に、歯ブラシスタンドならぬ”バナナスタンド”などという道具を購入する庶民はいるのだろうか。

 

念のため、こういったアイテムに詳しいであろう友人に尋ねてみたところ、

「ほしいと思ったことはあるが、効果がどのくらいあるか分からないので買ってない」

との返事があった。効果・・という単語に思わず吹き出してしまったが、確かに、バナナをテーブルに置いておけば接地面がつぶれたり黒ずんだりするが、バナナスタンドに吊るせば空中に浮いているので痛みにくくさせる効果はある。

さらに続けて、

「だが購入者は、むしろオブジェ効果を狙っているのでは?」

という意見をくれた。個人的にも、こちらの目的のほうがメインなのではなかろうかと思うが、そこまでしてバナナをオブジェにしたいと思うセンスも理解し難い。

 

そもそもわたしがバナナを一房購入したら、バナナはその日のうちに消費されるのでスタンドに引っ掛ける暇などない。辛うじて、食事中の観賞用として使用するくらいの価値はあるかもしれないが、「バナナスタンドにぶら下がるバナナを眺めながらバナナを食べる」などという余裕は持ち合わせていないので、バナナスタンドがあったところでそれ自体がオブジェとなって終わり。

・・そうなることは確実視されるわけだが、それでもなぜかちょっと惹かれてしまうのは、どういう理由なんだろうか——。

 

「あったら使うかもしれない」といって購入したものほど決して使わない・・という法則が、この世にはある。せっかく買ったのだから、どうにか無理くり使おうとするかもしれないが、そんなことで無駄を増やすこと自体が無駄である。

要するに、このバナナスタンドを購入したところで、わたしは間違いなく後悔するのが目に見えている。だが不思議なことに、この無駄で無価値なアイテムから目が離せない。どうしようか、試しに一つ買ってみようか——。

 

先端がへにょんと曲がった金属製のバナナスタンド・・まぁたしかに、フォルムはシュールでオブジェ感も出ている。とはいえ、こいつにバナナを引っかける以外の使い道はないものだろうか。構造上、なにかを吊るす以外に用途はなさそうだが、吊るすといっても一体どんなものを吊るせばいいんだ。

(あ!熱々のラーメンや蕎麦をぶら下げて冷ますとか・・いや、逆に面倒か)

妙案が浮かばないままその場で長考を続けるわたしは、とある数字を見てふと我に返った。こんな、細くてへにょんとした使い道に乏しいオブジェごときが、1,250円だと——。

 

 

こうしてわたしは、バナナスタンドを買うことなくインテリアショップを去ったのであった。

それにしてもアレが商品として並んでいるということは、アレを買う人間がいるということだろう。まさか社長の趣味で商品化したわけではないだろうし、この世には余裕のある人生を送っている者が一定数存在する・・ということを意味するわけだ。

(そんなにもバナナを吊るしたいならば、S字フックやハンガーにでも引っかけておけばいいじゃないか!)

 

仮に400円ならば興味本位で買ったかもしれないが、さすがに1,000円を超えたら手が出せない、バナナスタンドなのであった。

 

Pocket

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です