西武線の終点である西武秩父から池袋へ戻ろうとしたところ、まさかの運休により足止めを喰らうこととなったわたし。原因は「沿線での火災の影響」とのこと。
X にて火災の詳細を探ったところ、国道299号沿いの吾野駅近くにある民家から、巨大な炎と煙が上がっている画像を発見した。周囲には消防車やパトカーが止まっており、一般車両は通行止めの様子。
だが、吾野駅から先の上り電車は動いているらしいので、とりあえず秩父から吾野まで、友人の車で送ってもらうことになった。
(もしも友人がいなければ、わたしは帰宅難民になるところだったな・・)
なお、吾野へ向かうには唯一の幹線道路というか山岳ルートというか、国道299号を通るしかないため、当然ながら火災現場の影響で渋滞している可能性が高い。ましてや峠を越える一本道なので、一箇所でも詰まれば芋づる式に大渋滞となるだろう。
それでも、少しでも東京に近づいておくことが「帰還への近道」だと考えたわたしは、友人の提案をありがたく受け入れることにしたのである。
ちなみに、秩父から吾野へ向かう途中、正丸(しょうまる)峠という狭隘(きょうあい)な山道を通るが、ここは走り屋やツーリング勢にとって名所であり聖地でもある有名な場所なのだ。
そういえば、わたしの友人で「正丸のミズスマシ」という異名を持つオトコがいるが、その名の通り、雨で濡れた正丸峠の路面にめっぽう強かった。わたしも、一度でいいから”地名を組み込んだ称号”で呼ばれたいものだが、これといって取り柄のない凡人には叶わぬ夢。よって、せめて犯罪やトラブルでニックネームを付けられないように、襟を正して生きるのであった。
そんなことを思いながら、いよいよ正丸峠に差しかかったとき、ハンドルを握る友人がふとこんなことを口走った。
「言おうか迷ったんだけど、この辺りで有名な心霊現象があるんだよね」
なるほど——。峠というのは、昔からいわくつきの噂が多い場所である。ただでさえ、曲がりくねった細い山道は視界も悪く事故を起こしやすい上に、その昔は落ち武者が潜んでいたり、遭難者や自ら命を絶とうとする者がいたりと、歴史的に「死」が集まる場所でもあるのだ。
そんな正丸峠における”有名な噂”とは、白い着物を着た長い髪の毛の女性が突然現れて、「(車やバイクに)乗せてもらえませんか?」と話しかけてくるのだそう。そして、決してその依頼に答えてはならない・・というものだ。
また、返事をせずにその場を去ったとしても、しばらくしてミラーを覗くと、さっきの女が四つん這いになって追いかけてくる・・なんていう、いずれにせよホラーな結末が待っているのだそう。
それにしても、これはどう考えても迷惑な話である。なぜなら、こちらが望んでいないにもかかわらず、オンナが現れた時点で”詰み”なわけで、こんな理不尽な事件があっていいはずがない。
せめて、「こう答えれば大丈夫」という必殺技を与えてくれればいいものを、無視しようが返事をしようがバッドエンドしか残されていない・・となれば、そんな強引で乱暴な逸話は迷惑以外の何物でもないだろう。
しかも、今のご時世において”白装束に黒長髪のオンナ”など、時代錯誤にもほどがある。確かに、その格好で山道を歩いていたら明らかに異常であり、この世のものとは思えない。よって、その点においては恐怖心を煽るグッドアイデアかもしれないが、個人的には「もっとリアリティを持たせるべきではないか」と思うのだ。
このような噂が生まれた時代には、幽霊の正装といえば白装束だし、オンナの長い髪の毛は未練や怨念を示す典型的なアイテム・・というわけで、まさにベストマッチな風貌だったはず。ところが令和の現在、白装束も黒長髪もなかなかお目にかかれないわけで、であればもっとイマドキの風貌にアップデートするべきではなかろうか。
(髪の毛はアッシュのショートボブ、服装はユニクロ・・うーん、全然怖くないな)
それにしても、「バーコードヘアに丸眼鏡のサラリーマン」や「丸刈りでタンクトップのマッチョ」が幽霊として現れたならば、果たしてそれは怖いのだろうか。人里離れた真っ暗な峠道の途中で、このような装いの人間が歩いていたら紛れもなく不審者ではあるが、それでも、白装束に黒長髪のオンナよりはシュールで親近感が湧くような気がする。
逆に、赤いワンピースの少女が立っていたら背筋が凍るだろう。むしろ、これが少年ならば「ワンチャンあり得るかも・・」と、祈り半分で念じるかもしれないが、少女はさすがにあり得ない。
要するに、女性であることが「幽霊としての必要最低条件」となる模様だが、歴史的にみても、なぜ怪談の主人公はオンナばかりなのだろう。それほどまでに、オンナの怨念や執念には不可思議なチカラが宿っているということか——。
そんなことを想像するうちに、いつしか正丸峠は終わっていた。そして我々は、伝説のオンナの姿を見ることも、声をかけられることもなかった。
*
「でもね・・じつは幽霊と遭遇するよりも、熊と遭遇する確率のほうが高いんだよね、この辺りは」
まぁたしかに、白装束のオンナよりも黒毛皮のクマと対峙するほうが、現実問題として命の危険性が高い・・と言わざるを得ないのは、事実である。
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