人里離れた山奥の寺にわたしは居る。雪がシンシンと降る静かで寂しい冬の夜だ。
この寺の廊下は、歩くとギシギシ音がする古い木造家屋。しかも真冬でも裸足で歩かなければならず、床板がめくれ上がっているところを避けながらつま先立ちで進む。
ーーところでわたしは何で寺にいるんだろう?
よく分からないが、自由に出入りできない身であることは確かだ。
さらに、この寺の和尚と敵対する寺の和尚が今夜、ここで決闘をするというから穏やかじゃない。
しかしこの和尚はズルい。わたしに敵襲来の事実を隠し、自分だけが逃げるつもりでいる。
そしてわたしがその事実を知ったら殺すつもりらしい。さっき、台所にある黒い壺に毒をたっぷり注いでいるのを目撃した。
もうわたしに味方などいない、身一つで生き延びるしかないのだ。
とはいえ真冬の山で、貧乏くさい作務衣(さむえ)一枚しか与えられていない。しかも靴は草鞋(わらじ)で、最悪なことに鼻緒が短すぎてわたしの足指が入らないときた。
ガラガラ
マズイ。敵の和尚がやってきた。
正面玄関を開ける音に続き、2人のどうでもいいわざとらしい会話が聞こえる。と思ったその瞬間、
「ウッ!」
こちらの和尚がやられた。どうやら敵の和尚に妖術を使われた模様。
ーーまずい、次はわたしだ。
とにかく逃げなければならない。だが廊下を通ると軋(きし)む音でバレる。
しかも敵の和尚は妖術を使う。ちょっとした気配のブレで、わたしの存在がバレて殺されるだろう。
だが迷ってる暇はない。
わたしはそっと、縁側につながる障子に手を掛ける。音を立てないように、少しずつ少しずつ開けていく。
ひと一人分の隙間ができたところで、思い切って頭から庭先へダイブした。そう、飛び込み前転だ。
ザクッ
降り積もる雪がクッションとなり、飛び込み前転からの前回り受け身で、無傷のまま脱出に成功。
そして一目散に寺の外へと走った。もちろん裸足で。
ーーどうせ雪で感覚など麻痺している。今は逃げられるところまで逃げよう。
わたしは振り返ることなく、とにかく走った。真っ暗な山道を時に転がり落ちながら、寒さも忘れて逃げ続けた。
とその時、
パキーーン
全身が固まった。足が地面から浮いている。
ーーな、なんだこれは?!
地上から2メートルほどの高さまで浮いたところで、一人の男が視界に入った。敵の和尚だ。
わたしはとうとう捕まったのだ。そして妖術で体を固められ、空中に浮かされているのだ。
「残念だったな」
和尚は低い声でそう呟くと、わたしの体を粉々に破壊した。
*
ここで目が覚めた。
タンクトップにパンツ一枚のわたしは、エアコンの風をモロに受け冷たくなっていた。
全身、鳥肌だ。
掛布団は蹴り散らかしたのか、床に落ちている。
ーーとりあえず死んでないんだな。
生死を確認したわたしはエアコンを止めると、再び眠りについた。
*
ーー体が動かない。
酷暑の熱帯雨林で、わたしは磔(はりつけ)の刑に処されている。
ガジュマルだかバオバブだか、太い樹木に縛りつけられているが、周囲に人影は見当たらない。逃げるなら今だ。
しかし手足と首をガッチリとツタで巻きつけられており、どれだけ揺さぶっても外れる気配がない。
とくに頭をしっかり固定されており、常に上を向かされているのが苦しい。見上げる先には真っ青な空と灼熱の太陽。
かれこれ何時間、こうしているのだろう。
ーー喉が渇いた。
体の水分がかなり枯渇しているのを感じる。そりゃそうだ、これだけ太陽が照りつける中、日よけもないまま張りつけられているんだから、脱水症状を起こさないほうがおかしい。
ーーあぁ、スコールでも来ないかな。
そんな淡い期待などどこ吹く風。ギラギラと漲る強力な陽射しがわたしを衰弱させる。もはや顔面が焼け焦げ崩れ落ちてきた。
手足を縛られ炙られる「豚の丸焼き」というものは、豚が死んでいるとはいえ残酷な状況であることに、この期に及んで気付く。
今のわたしがそれに近い状態だからだ。
ーーせめて下を向ければ。
上を向き続けることが苦しさを助長している。だが頭の固定が強すぎて、とてもじゃないが動かせない。
そのうち呼吸も苦しくなってきた。同時に意識が薄れていく。
どうせ殺すなら一思いに殺してくれ。徐々に息絶える拷問のような死に方はしたくない。
灼熱地獄に放置され、死を目前にしているにもかかわらず、恐怖も絶望も悲哀も感じない。もはや涙すら出てこない。
わたしを形成するすべての水分が蒸発してしまったようだ。
あぁ、目の前がみるみるぼやけていく。
もうダメだーー。
*
と、ここで目が覚めた。
今度はソファで昼寝をしていた。ソファの端から頭が落ちていたため、首が反りかえり喉がつぶされ、上を向き口を開けた状態でうなされていたようだ。
しかもエアコンを止めたので、ベランダから差し込む陽光で汗びっしょり。
ーーとりあえず水でも飲むか。
枯渇した体と脳を潤すため、冷蔵庫へ水を取りに行く。
しかし一日で2回も死ぬとは。
しかも片や極寒、片や酷暑。
この振れ幅のデカさよ。
Illustrated by 希鳳
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