「ユーチューバーです、登録お願いします!」
渋谷駅の目の前、ハチ公像の近く。
ユーチューバーを名乗る男性が、行き交う人に声をかけている。学生を中心に呼び止めては、チャンネル登録をお願いしている様子。
暇つぶしに聞き耳を立てていると、「登録者数が1,500人いかないと帰れないんです」と、お情けちょうだい作戦を敢行。
帰るも帰らないもアンタらの勝手でしょ、と内心毒を吐くわたし。
ところが急に、聞き覚えのある単語をキャッチした。
「ブレイキングダウン7に出場するんで、絶対に有名になるんで、チャンネル登録お願いします!」
ブレイキングダウン、というワードにピンっときたわたしは、初めて顔を上げると彼の顔を見た。
――整った顔立ちの若者と目が合う。
意外にも、喧嘩自慢ぽさもなければ、やんちゃしてきた感じもしない。イマドキ風ではあるが、身なりもちゃんとしている男子だった。
しばらく目が合ったので、わたしはふと尋ねた。
「ブレイキングダウンに出るの?」
すると彼は、やや恥ずかしそうに
「まだ決まってないんですが、次回応募しようと思っています」
と言った。
(なんだ、未定か・・)
どうやら東海地方で活動をしている若者で、キックボクシング経験者らしい。
彼のユーチューブがどんな内容のなのかは知らないが、「絶対に有名になる」と宣言していたので、それなりに自信があるのだろう。
それにしても、出場も決まっていない試合に出ると言ってしまってはマズいんじゃないか。
オーディションを受ければ、通過できるコネでもあるのだろうか。
そこでわたしは意地悪い質問をしてみた。
「未来くんの知り合いなの?」
すると彼は、
「いえ、知り合いではないです。会ったこともないです」
と正直に答えた。
将来有望な若者をいじめたところで、いいことはない。
「ブレイキングダウンの出場が決まったら、応援するから頑張ってね」と言い残して、わたしはその場を離れた。
しかし、「ブレイキングダウン」というワードを発しただけで、今まで無関心だった若者たちが目を輝かせるのだから、ものすごい宣伝効果があるといえる。
とはいえ、もしも彼らのユーチューブの内容が、料理番組やゲーム実況だったらどうすのだろうか。
格闘技系あるいはアウトロー系のチャンネルならばまだしも、まったく無関係なチャンネルの場合、ブレイキングダウンに出ることとどんな関連性があるというのか。
・・なんて古臭いことを言わず、まずは大勢の視聴者を確保することから始めるのは、ある意味「成功への近道」だと思う。
どんなにいいもの、素晴らしい作品を作ったとしても、誰の目にもとまらずひっそりと闇に葬られたのでは、作らなかったも同然。
多くの人の目に触れて、支持あるいは批評されてこそ価値が生まれるわけで。
それにしても、大衆ウケなどまったくしないであろう、喧嘩の延長のような格闘技イベントを、社会現象にまで押し上げた朝倉未来という男は本当にすごいと思う。
だがわたしは、そんな超人・朝倉未来を悶絶させたことがある、という自慢話を記しておきたい。
*
ある日、未来くんと柔術のスパーリングをした時のこと。デラヒーバ(柔術独自のポジション)から、絶好のオーバーヘッドスイープ(巴投げ)のチャンスが訪れた。
ここぞとばかりに、右足一本で未来くんの下腹部を蹴り上げ、わたしの後方へ放り投げようと持ち上げた瞬間、
「ちょ、ごめん」
苦笑いというか悶絶というか、顔色を曇らせた未来くんがストップを申し出たのだ。
(まさか、投げられたくないから「参った」したのか!?)
勝手な妄想で鼻高々のわたし。
ところが彼は、そのまま崩れ落ちるようにマットへうずくまってしまったのだ。
・・・どうやらわたしは、男性の大事な部分を蹴り上げてしまった模様。
スパーリングの時間は5分間。その途中での出来事だったため、せっかく相手をしてもらったにもかかわらず、早々に終わらせてしまったのだ。
――未来くん、あの時は本当にごめん。
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