わたしは今日、とある三兄弟と念願の対面を果たした。
その名もピースにラメール、そしてチェリーだ。
毎日、彼らが登場するYouTubeを見ながら、三人のキャラクターや行動特性について、完璧に学習してきたわたし。
残すは実際に会って、リアルな三人を確かめるだけだった。
・・おっと、ピースたちは外国人アーティストではない。カピバラである。
*
三人がいるのは、埼玉県大宮市にある大宮公園小動物園。ここは、公益財団法人埼玉県公園緑地協会が運営する、大宮公園の中にある小さな動物園。
入園料が無料であるにもかかわらず、およそ60種300点の動物たちが暮らしており、来園客からすると信じられないほど贅沢で魅力ある動物園なのだ。
ここの近所への引っ越しを真剣に考えたほど、わたしにとっては毎日でも通いたい場所である。
そして、訪れてみてびっくりしたのは、隣りがなんと大宮競輪場だったこと。
競輪場へは何度も足を運んだことがあるが、その隣にまさか、カピバラがいるとは思いもしなかった。
もっと早くに気付いていれば・・・。
ピース、ラメール、チェリー。三人の熱心なファンがつくるYouTubeチャンネルで、完璧に予習をしてきたわたしは、遠くからカピバラの姿を見ただけで、どれがピースでどれがラメールかが瞬時に判断できた。
ちなみに、チェリーはカピバラ舎で一人で暮らしている。
チェリーは子どもの頃、母親であるコハルの歯が左目に刺さってしまい、眼球ごと摘出する大怪我を負った。それ以降、池で泳ぐなどして結膜にばい菌が入るのを防ぐため、彼女だけが隔離飼育されているのだ。
それでも健気に、三人は金網越しに触れあっていた。
ほぼ一日中彼らの様子を眺めていたが、チェリーが金網の近くに現れると、それとなくラメールが気づいて、ピースを引き連れてやって来るのであった。
そしてなんとなく、その辺に座ったり寝転んだりして、兄弟三人でゆったりと時間を過ごしていた。
言葉を発しなければ意思の疎通ができない人間なんかより、空気感だけで通じ合うカピバラのほうが、よっぽど高等生物である。
わたしがここを訪れるにあたり、楽しみにしていたことの一つに「ラメールのワンワン」が挙げられる。
なんとラメール、飼育員が餌を運んでくると、野太い声で「ワンッ!」と吠えるのだ(場合によっては「押忍!」とも聞こえる・・・)。
抑えきれない嬉しさを表しているのか、それとも「早く食わせろ!」という意思表示なのか、とにかく毎回必ず「ワンッ!」と大きく吠えるのである。
(飼育員さんがきた!これで生ワンが聞けるぞ・・・)
わたしはスマホを金網越しにセットし、ラメールが吠えるのを待った。
飼育員が近づいて来る。ラメールとピースは入り口で待ち構える。飼育員が入り口を開けた。さぁ、くるぞ・・・
「ワンッ!!」
キターーーーーー!!!!
ラメールの「生ワン」に歓喜するわたし。YouTubeで聴く声と同じだが、やはり生だと迫力が違う。メスであるにもかかわらず、オス顔負けの吠えっぷりには脱帽である。
ちなみに、ピースとラメールは兄弟だが、オスのピースよりメスのラメールのほうが体がデカい。それに比例するかのように、彼女のほうが食欲も旺盛。
食べる速度が遅いピースは、ラメールに自分の分を食べられてしまうことも。そんな二人の体重差は5キロほどで、もちろんラメールのほうが重い。
そのため、ピースの体重を増やすべく、飼育員が個別にペレット(人工飼料)を与えたりもするのだ。
三人は、飼育員の緻密な体調管理と愛情によって、健康に過ごしているのであった。
食事のあとに、ピースがこちらへ近づいてきた。恒例の「石ころ歯磨き」をしながら、わたしがへばりついている金網に背中をこすりつけてきたのだ。
(こ、これは!!!)
先ほど飼育員と会話をした際に、わたしはこんなミッションを受けた。
「食事後にピースがここを通るから、お尻を向けて座ったら、背中をガシガシ撫でてあげてね」
なななんと、願ったり叶ったりである!!
動物園によっては、怪我などのトラブル回避や動物のストレス防止のため、「おさわり禁止」のところもある。だがここは、限定的にだが触れ合いが許可されているのだ。
「逆に、近くに座ったのに触ってもらえないと、ピースがすねちゃうから」
おぉ、なんという無邪気さよ・・・。
そしてピースが、のっしのっしとやって来た。静かに見守っていると、金網に横っ腹をこすりつけながら、わたしの目の前にドスンと座った。
わたしはすかさず、金網の隙間から両腕を突っ込むと、マッサージ師のようにワシワシとピースの背中を撫でた。腰や脇腹まで入念にガシガシしてやった。
キュルルルル・・・
気持ちがいいのだ。ピースは目を細めながら、ご機嫌なキュルキュル声を鳴らしていた。
*
先日、室内で飼育されているカピバラと触れ合ってきたのだが、ここにいる三人との圧倒的な違いを感じた。
室内のカピバラたちは、毛艶もよく毛並みも整っていて美しかった。
それに比べてピースやラメールは、一年中外で暮らしているので、体には枯れ葉や土が付着し、ときには頭に水草を乗っけていたりもする。言葉は悪いが、キレイではないのだ。
だが、どちらがカピバラらしいかといえば、断然こちらである。
ピースの背中を撫でながら、その背中に小さな蟻が這うのを発見した。しばらくすると、毛の間に入り込み、わたしの視界から消えた。
さらに、干し草の断片や砂埃のせいで、わたしの手も汚れた。
しかしこれこそが、野生の動物との触れ合いであり、彼らの本来の姿である。
動物は汚れていていいのだ。そうやって、これまでもこれからも生きていくのだから――。
霜月の寒空の下、埃(ほこり)っぽいピースの背中を撫でながら、わたしは小さな幸せに涙が出そうになった。
*
余談だが、飼育員から興味深い豆知識を教わった。
「向こうにクマが一匹でいるでしょ?あれをみて『一人ぼっちでかわいそう』と思う人もいるんだけど、クマは集団で行動する生き物じゃないから、野生でも一人なのよ」
なるほど。野生における行動パターンを元に、群れで生活する動物は多頭飼育をし、単体で行動する動物は一頭で展示しているのだそう。
さすがに、性別によっては多頭飼育ができない場合もあるようだが、それでもカピバラやサルのように群れをつくる動物は、可能な限り仲間と一緒に飼育しているのだ。
閉園時間ギリギリまで、わたしはカピバラ舎の前を離れなかった。
ピースとラメール、そしてチェリーと過ごした一日は、何事にも代えがたい幸せな時間だった。
――ありがとう、またね。
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