舌の感覚が敏感だからなのか何なのかは分からないが、わたしは猫舌に加えて炭酸飲料が苦手である。猫舌の原因は、舌の先端を使いすぎるからだといわれているが、炭酸飲料の刺激に耐えられないのは舌の使い方とは関係ないので、やはり全体的に皮膚や粘膜が敏感なのかもしれない。
そんなひ弱な舌を持つわたしだが、年に数回だけ炭酸飲料——しかも、コカ・コーラを飲みたいと思う時があるのだ。
この"謎のイベント"に規則性はなく、夏冬問わず唐突にやってくる。だからこそ貴重かつ特別な瞬間となるわけだ。
昨夜、とあるラーメン店の前を通りかかったところ、「コーラ200円」という文字が目に入った。ここ最近の物価高騰に伴い、ソフトドリンクもそれなりの価格となるなか、200円という数字がとても魅力的に感じたわたしは、ラーメンが食べたい気分ではなかったがコーラを飲むべく入店した。
店内で改めてメニューを見ると、コーラの他にオレンジジュースと黒ウーロン茶がある様子。ちょうど喉が渇いていたわたしは、コーラとオレンジジュースを注文し、何か月ぶりかの炭酸飲料に胸を躍らせていたのである。
「お待たせしました、オレンジジュースです」
そう言いながら目の前に置かれたオレンジジュースは、わたしにダブルの驚きを与えてくれた。まず一つは、容器が瓶だったことだ。なんとも不思議なもので、ジュースでも牛乳でも瓶で出されるとなぜか美味く感じる・・という感覚について、多くの者が共感してくれるだろう。
これはコーヒーでも同じことがいえるが、紙カップにリッドで飲むゲイシャより、美しい陶器あるいはごついマグカップに注がれたブレンドのほうが、どう転んでも圧倒的に美味い——およそこれと似たような感覚だろう。要するに、唇に触れる容器(材質)によって感じ方が異なることや、紙が持つ独特の匂いなどが、味覚や嗅覚に影響を及ぼすのだと思う。
・・というわけで、「飲み物を楽しむためには、容器が重要なのだ」ということを、瓶やガラスの容器から教わるのであった。
そしてもう一つの驚きは、出されたオレンジジュースが「バヤリースオレンジ」だったことだ。オレンジジュースが瓶で出された時点で、薄々気付いた者もいるだろうが、ジュースというのはすなわち果汁100%の飲み物を指すわけで、バヤリースオレンジ(瓶)は果汁10%(JAS/日本果汁協会より)であるため、実はジュースではない。
とはいえ、日常生活において果汁100%の飲み物だけをジュースと呼ぶわけではなく、フルーツ味の飲み物を総称して「ジュース」と呼んだりするので、わたしもそこまで目くじら立てて怒ることはない。ただ、心のどこかで「果汁100%のオレンジジュース」を期待していたのも、事実といえば事実ではあるが——。
こうして、瓶に入ったバヤリースオレンジを一気飲みした直後に、事件は起きた。
「お待たせしました、コーラです」
そう言いながら目の前に置かれたペットボトルには、なんと、ペプシコーラのラベルが貼られていたのだ。
(コーラといえばコカ・コーラだろう・・なぜペプシなんだ)
そもそも、炭酸飲料が好きではないわたしが唯一飲めるのがコーラ。しかも、年に数回のイベント級となる本日、脳内はコーラ一色で埋まっているというのに、まさかのペプシコーラとはどういうことだ。
ていうか、コーラといったらコカ・コーラじゃないのか——いや、これはわたしの勝手な思い込みである。なんせ、コーラ界の二大勢力であるコカ・コーラとペプシコーラは、かれこれ100年以上ものあいだ、しのぎを削って勢力を拡大してきた世界レベルの大企業なのだから。
1868年の発売当初は、コカイン入りのエナジードリンク(初期はワインにコカを混ぜていたので、アルコール飲料だった)として人気を博したコカ・コーラ。その後、1902年に薬剤師によって「消化不良の治療薬」として開発されたのが、ペプシコーラ。それぞれ、異なる生い立ちを持つコーラだが、原材料はほぼ同じ。だが、一つだけ違いがあるのだそう。それが「クエン酸」なのだ。
コカ・コーラとペプシコーラの原材料はほぼ同じで、唯一、ペプシコーラにはクエン酸が入っているのだと、ウェブマガジン「BAZAR」で紹介されている。果たしてこれだけの違いなのか否かは不明だが、それでも明らかにコカ・コーラとペプシコーラとでは風味が異なるので、目をつぶって飲んでもすぐに分かるほど、二者はまるで別の飲み物なのだ。
そしてわたしは、年に数回だけコーラを飲むことができて、それは紛れもなくコカ・コーラでなければならないわけで、そんな貴重かつ希少なスペシャルデーが今日だったにもかかわらず、目の前にはペプシコーラが立っているのである。
(わたしはコカ・コーラが飲みたくて、ラーメン店に入ったんだぞ・・)
まったく口をつけないというのも申し訳ないので、ちびちびと舐める程度にペプシコーラを味わいながら、涙をこらえつつ無念さを噛み締めた。あぁ、瓶のコカ・コーラが出てきたならば、どれほど幸せだっただろうか——。
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