(ん?なんだこれ・・・)
ピカピカが自慢のわが家のキッチンは、ちょっとしたストックスペースとなっている。ストックスペース・・というか、単に物を置く場所になっているだけだが、書類をセットしたり、かさばる贈り物を一時保管したり、外出時の忘れ物防止に荷物を置いたりと、ツマミを回しても点火しないガスコンロ周辺は、快適な収納空間として利用されているのだ。
そんなガスコンロの上には、わたしの腕ほどの太さのサツマイモがゴロゴロと転がっている。加えて、青りんごもいくつか並べられているのだが、その隙間になにやらくすんだ橙色の・・指のようなものが落ちていた。
遠目に見ると、まるでミイラ化した中指のよう。なんでわが家に"干からびた人体のかけら"が落ちているのか分からないが、奇妙な現実に眉をひそめながらも、中指らしき肉片に近づいたところ・・。
——こ、これは。
尖った先端を持つ中指は、例えるならば魔女の指そのもの。そんなシワシワで骨ばった物体の正体は、なんとニンジンだった。
思い返せば一か月前、それはそれは立派なニンジンを大量にもらった記憶がある。さすがに腕ほどの太さはないが、その辺のスーパーで売られているものと比べると倍近いサイズ感。そんな極太のニンジンを握りしめて、バリバリと貪り食っていたわけだが、さすがに一本丸かじりすれば腹は膨れた。
しかも調味料が不在のわが家において、生のニンジンをただバリバリと食べる行為は、それこそ馬やカピバラを彷彿とさせる「生命維持のための摂食行動」に当たる。つまり、贅沢な話ではあるがさすがに飽きてしまうのだ。
それでも、頂き物である立派なニンジンを残すのは忍びないため、必死に齧りつく日々を送るうちに、最後の一本を見落とした模様——いや、大量のサツマイモに紛れて見失っていたのだ。
こうして放置された極太のニンジンは、一カ月の時を経て"干からびた魔女の中指"のごとく小さく縮んでしまったのである。
それにしても、通常サイズのサツマイモくらいはあったであろうニンジンが、こんなにも小さくなるものなのか——。誇張しているわけではなく、本当に「外国人サイズの、ちょっと太めの中指」に成り下がったニンジンは、すべてがリアルに縮小されていた。まるで食品サンプルのように——。
茎からは新芽が生えているし、ニンジン本体に刻まれているシワやヒゲも、そのまま小さく残っている。要するに、ニンジンのほとんどは水分でできている・・ということなのだろう。
文部科学省が公表している食品成分データベースによると、ニンジン一本あたりの水分量は100gあたり89.1gであり、およそ9割が水分ということになる。ちなみに、同時期から放置されているサツマイモのほうも一向にサイズが変わらないが、こちらの水分量は64.6gで、本体の6割強が水でできている様子。
同様に、さほど縮んでいないリンゴのほうは83.1gの水分量なので、まさかのニンジンがもっとも潤っているという結果に。なお、水分たっぷりの代表選手といえばスイカだが、その水分量は89.6gとのことなので、ニンジンとスイカはほぼ同じくらいの水を含んでいることになる。
(ニンジン、恐るべし・・)
とりあえず、太めの中指サイズまで縮小したニンジンだったが、さすがにもうこれ以上は縮むこともないだろう。なんせ元の姿の一割程度にまでサイズダウンしてしまったのだから、中身はほぼカラカラと思われる。
それにしても、手に取るとなおさら「人間の指」に感じるから不気味。中途半端にしなびた感じが、生命力を失った人体の断片さながらのリアリティーを醸し出しており、くすんだ橙色・・という色味も相まって、死体の一部といっても過言ではない様相を呈している。
あぁ、なんと哀れなニンジンよ——。
*
というわけで、ニンジンを常温で一カ月放置すると「干からびた魔女の中指のレプリカ」が完成する・・ということを発見したのである。
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