歴史的不快挙

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キレイ好きな日本人にとって、その基準は「目に見えるかどうか」で決まる。手に汚れが付いていたら洗う、極めて当たり前のことだ。あとは目視できなくてもベタベタしていたり異臭がしたりすれば、とりあえず石鹸でゴシゴシ洗うだろう。

しかしどんなに潔癖を強調する人でも、実際は見えない部分で細菌やウイルスに触れているし、汚れが見えない或いは感じないだけで汚いことは多々ある。

 

 

夜、地下鉄に乗ったときのこと。目の前に座る泥酔したサラリーマンが、座席のシートにお漏らしをした。大股びらきで寝ているその男の、太ももあたりが変色し始めたことでお漏らしに気づいた私。股間あたりは、それはもうグッショリ濡れている。

さらに不運なのはグレーのスーツを着ているため、水分が付着するとやたらと濃い灰色に変色し、なおさら目立つのだ。夏場にグレーのTシャツを着ていると、脇汗が広がって正面からでも変色が確認できてしまう、アレと同じだ。

 

誰かが乗務員に通報したのだろうか、次の駅で電車はしばらく停車し、オッサンのお漏らしの片付けが始まった。駅員と乗務員が必死に新聞紙で水気を吸い取り、アルコール消毒と消臭スプレーを振りかけ、応急処置はとりあえず完了。

シートは僅かに変色しており、乗り込んできた乗客は慌ててそこを避ける。さらに、

「故障中 座れません」

と書かれた紙が置かれているため、普通の精神状態ならばおよそ察しがつくだろう。

 

とそこへ、大いに酔っ払ったベテラン中年がやってきた。”千鳥足”具合は、もはやドラマのエキストラばりに見事。

(オッサン、そこ座らないほうがいいぜ)

正直、彼が座ろうが座るまいがどちらでもいいが、座席が濡れていることに腹を立てて暴れ出したら厄介だ。頼むからそのまま、フラフラと隣りの車両まで進んでくれ。

 

――こうしてベテランは見事にお漏らしの上、いや、お漏らしを掃除した上にドカッと腰を下ろしたのだ。

(騒ぐぞ騒ぐぞ)

次の展開を楽しみにしていた私だが、何分経ってもベテランは騒がない。むしろ明らかに濡れているシートに手をついているのだが、自分の手が濡れていることにも気づいていない様子。アルコールの威力とは恐ろしいものよ。

 

まぁこれは特殊な例だが、仮にその座席が乾いたとして、まさかそこで昨晩お漏らしがあったなんて誰も知らない。だが厳密にいえばシートの繊維には尿の成分が染み付いているわけで、そこへ頬擦りしてみろ!と言われたらまず無理だろう。

無論、「知っていたら」の話だが。

 

このように、見た目がキレイならば人間は割と気にしない生き物である。

 

 

かつてインドでパンツの在り方について学んだ私だが、尻のボリュームがすごいので、残念ながら布面積の広いパンツは履けない。所有するほとんどはブラジリアンタンガやGストリングといった、丸めたらマスクと間違うほどの貧相なパンツしか持っていない。

そしてあの時、インド人はこう言った。

「あなたは何のためにパンツを履いているの?ビデで洗ったあとの水分を拭き取るために決まってるでしょ?」

当時は衝撃を受けたが、今になって改めて思うのは「たしかにパンツは水分を吸収するためにある」ということだ。

 

暖房をつけても凍える寒さの我が家のルームウェアは、上下ともに裏起毛のトレーナー。さらにその上からフリースを羽織っている。そしてこの裏起毛という素材は、ものすごく温かい代わりに水分を吸わない。

夜、裏起毛に身を包みながら羽布団に潜り込んでぬくぬくしていると、そのうち汗だくになる。眠っていてもその気持ち悪さで目が覚めるほど、裏起毛は冷たくなった汗を皮膚へと塗りたくってくる。もはや寒くてどうしようもないのだが、体感はものすごく暑いという不快感に見舞われるのだ。

Tシャツなど綿素材を一枚挟んでいればまだマシだが、ダイレクトに裏起毛と皮膚が接すると最悪な状態になる。

 

そして、裏起毛史上もっとも不快な濡れ方を体験したのはトイレから出た直後だった。念入りにウォシュレットでシャバシャバした私は、トイレットペーパーで水分を拭き取りパンツを上げた。そしてトイレから出て何歩か歩いたところで、まるで尻から太ももまでびっしょり濡れているかのような冷たさを感じたのだ。

(どういうこと?ちゃんと拭いたよな?)

ズボンに手を突っ込んで太ももの裏を触る。するとびっしょりではないが水分が付着している。もちろんこれは尿ではない、ウォシュレットの水が飛び散ったのだ。

 

物理的に考えてみよう。ウォシュレットの水というのは我々が想像する以上に飛び散っている。だがそれに気づかない理由の一つに「パンツの存在」が挙げられる。通常の布面積のパンツならば、上げる途中でその飛沫を吸収する。さらにズボンが裏起毛でなければ多少なりとも生地が吸水するため、皮膚表面に水分が残ることはない。

――こうして一般的には、ウォシュレットによる飛沫被害を受けることなく過ごしているのだ。

 

「ウォシュレットの水は汚くない」と諭されたとて、便器の内側から放出された水を快く受け入れられるほど、私は器のデカい人間ではない。すぐさま裏起毛のズボンを洗濯機へ放り込むと綿素材のジャージに履き替えた。

 

教訓。裏起毛というやつは、肌へ直接触れさせてはならない。必ず一枚かませてから身に着けるべきだ。

そしてパンツは、あらゆる事態を想定すると布面積が広いほうが実用的といえる。とはいえ私が履くと尻のデカさでずり落ちてくるので、本来のパンツの意味をなさない。ゆえに、パンツではなく裏起毛に警戒しながら冬を乗り越えるとしよう。

 

サムネイル by 鳳希(おおとりのぞみ)

 

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