晴れ舞台当日を迎えたワタシの心境

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わたしは今、風呂に入っている。何ヶ月ぶりだろうか、我が家のバスタブに湯を張り、そこへ浸かることなど。

そして思い起こせば、体を洗うという行為自体が4日ぶりのことだ。なんというか、皮膚の表面に薄い膜が張っているかのような、ちょっとした安心感すら覚えるわけで。

 

普段、髪の毛をシャンプーで洗うのはせいぜい週に一回程度。そのほかの日は、40度の湯で皮脂や汚れを洗い流すだけで済ませている。

そのため、4日もすると髪の毛は油分を帯びて、ズッシリとした手応えへと変化するのだ。さらに、ドライヤーで乾かすにもやけに時間がかかるようになり、髪の毛にクセがつきやすくなる。

そうなってきたら、「そろそろシャンプーで洗うか・・」の合図というかタイミングである。

 

ましてや今日は、我が人生の晴れ舞台に立つわけで、たまりに溜まった汚れをキレイサッパリ落としておかなければ、心の迷いも吹っ切れないだろう。

そんなことからも、わたしは湯船に湯を張り、何ヶ月ぶりかに腰を下ろしたのである。

 

(あぁ、憂鬱だ・・・)

 

先ほど、友人から「明日、楽しみにしてるね」というメッセージが届いたが、それを見た瞬間、飲み込んだばかりのハッピーターンを吐きかけたほど、極度の緊張に襲われた。

——やるべきことはやった。無論、ノーミスで弾くことなどできないし、一度たりとも上手く弾けたことはない。だがこれも、すべて実力通りのことで致し方ない。本番だけ上手く弾ける・・などという奇跡は起こらないし、そんなことを期待するほどわたしは若くも愚かでもない。だから胸を張ってステージに上がればいいんだ。

 

どれほど自分に言い聞かせても、やはりミスは怖いし上手く弾き切る自信はない。それでも刻一刻と本番は迫りくるわけで、怯えるわたしを嘲笑うかのように無情に時は過ぎるのであった。

(そういえば、ヌーブラってどうやって着けるんだっけ・・・)

今さら演奏技術について悩んだところで意味がない。であれば、見た目を少しでも改善するべく、時間を割こうじゃないか——。

 

発表会で着るドレスは胸元が大きく開いているため、ヌーブラを装着しなければならない。何年ぶり、いや、何十年ぶりにヌーブラを購入したわたしは、果たして装着のしかたをすっかり忘れていた。

着用方法が書かれた紙が同封されているが、そこに写っている女性の乳はわたしのソレとはまるで違う。なんというか、フワフワで柔らかそうな乳であり、ヌーブラを使う意味があるのだ。

「それは明らかに、大胸筋が発達したことからくる諸問題でしょう」

男友達からもそう言い放たれる始末。——マジで、わたしに寄せる乳はあるのか?

 

続いて発覚した問題は、化粧品である。素敵なドレスに素敵なヘアメイクまでは確保できたが、素敵な顔面メイクの準備を失念していたのだ。

なんせ我が家には化粧品がない。化粧品に近いものを挙げるとすれば、日焼け止めとリップクリームくらいなわけで。

(マズいな・・さすがにすっぴんではカッコがつかない。ドラッグストアでやるしかないか)

まぁこのあたりは、時間的な問題も含めて流れに身を任せるしかないだろう。

 

そんなことよりも、問題は「靴」だ。二年ぶりにパンプスを履いたわたしは、その歩きづらさと窮屈さに耐えられなかった。

おまけに、ペダルを踏むとパンプスの底がツルっと滑るから厄介だ。もしも本番でツルっとなったら、その時点でパニックになり頭が真っ白になるだろう。

(そんな大惨事になるくらいなら、あらかじめ靴を脱いでおこうか・・・)

ステージへ登場するときはパンプスで颯爽と現れ、椅子に座ったらそっと脱ぐのはどうだろうか——と、客席側からの見え方をイメージしたわたしは、思わず首を横に振った。

(いやいやいや。脱いだパンプスがその場にそっと置かれてあったら、まるで靴を揃えてビルから飛び降りるみたいじゃないか・・)

 

裸足でペダルを踏むのはグッドアイディアだが、脱いだパンプスの処理に困る。ドレスの裾がお姫様のように広がっていれば、その内側に隠すこともできるが、わたしのドレスはシュッとした形なので、とてもじゃないが隠せる余裕はない。

ならば、かかとを外へ出してつま先だけパンプスに突っ込んでおけば——。

(全然ダメだ・・これではもっと大きなミスを引き起こすかもしれない)

あれこれパンプスの取り扱いについてシミュレーションしたが、どれもイマイチで採用できない。結局のところ、パンプスを履いたままペダルを踏むしかないのである。

 

(あぁ、こんな状態では本番が不安でしかたない。ピアノを弾くことより、その他の部分に気が向いてしまって、集中するどころの話ではないぞ・・・)

 

 

どれほど悩もうが、そんなことはお構いなしに淡々と時間は進んでいく。そして今日、わたしはピアノ発表会という煌びやかで恐ろしい舞台に立つのである。

こんな哀れなわたしだが、幸多からんこと願おう——。

 

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