パンニバル  URABE/著

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ブヨブヨの抜け殻のようなこの感触、まるで晩白柚(ばんぺいゆ)の皮だなーー。

晩白柚とは、直径およそ20センチ、重さ2.5キロもあるバカでかい柑橘類。あれを食べ終わったあとに残る巨大な皮と、この弾力は似ている。

 

そんなことを思いつつ、食パンの抜け殻をパカパカさせながら空想にふける。

おれの手の上にあるのは、食パン2斤の真ん中だけ食い尽くした残骸。パン好きのおれは、中身をくり抜くこの食べ方が好きだ。

 

今日の餌食はレーズン食パン。

端っこのフタをむしり取り柔らかなパンが現れたら、一心不乱にちぎってっは食べ、ちぎっては食べをくり返す。

この作業はトンネルを掘る感覚と似ている。パンをむしればむしるほど、トンネルが延びていく。

 

レーズン食パンの欠点は、手の甲や手首、はたまた前腕にレーズンのベタベタが付着することだ。普通の食パンならばトンネルの内壁に手が触れようが、さほど困ることはない。

だがレーズンは、干した果実とはいえ湿っており、黒っぽい蜜のような汁が着く。そのため、腕まくりをしながら掘り進めなければならない。

 

断っておくが、おれはレーズンが特に好きなわけではない。

昨日たまたま通りかかったパン屋で、たまたま現金を持ち合わせていなかったおれに、おばちゃんはこう言った。

「せっかく寄ってくれたんだから、お金はいつでもいいわよ」

こうして、焼きたてのフランス食パン2斤を手に入れた。

 

律儀なおれは翌日、金を払いにパン屋へ向かった。さらに手ぶらで帰るのもばつが悪いので、新たなパンを買うことにした。

そこで目に留まったのが、焼きたてのレーズン食パンだったわけだ。

 

昨日は白い食パンだったから、今日は味付きのほうがバランスがいいだろうーー。

 

こうしておれは、2日連続で食パン2斤を食うこととなった。

 

 

パン「2斤」の長さはおよそ25センチ。この25センチの小麦粉のトンネルを掘ることは、一つの作業といえる。

 

薪のような貫禄の食パンを小脇に抱え、黙々と中をほじくる。

最初は単に「美味い」と思いながら、ちぎったパンを口へと運ぶ動作の繰り返しだが、手首が埋もれるあたりまで掘り進めていくと、「トンネル内部をキレイに成形しよう」という気持ちに変わっていく。

外枠に沿って内部のデコボコをなめらかにすべく、内壁にこびりついたパンを一つまみずつ細かくちぎる。メロンやスイカの果肉を余すところなく食べ尽くすかのように、純粋に「皮」だけを残して先へと進むのだ。

 

そうして黙々と掘り続けた終着地は、パンの耳でできた硬い壁。

改めて25センチの四角いトンネルを覗き込むと、内側の白いパンはほぼ排除され、残されたパン耳は、茶色のなめし革でできた立派な袋を連想させる。

 

その「立派ななめし革の袋」に、他のパンやクッキー、さつまいもやトウモロコシを入れて、しばらく置き物として飾ってみる。

見た目も美しいし、容量もズッシリと入る。ついでに意外と頑丈だったりもする。

さらに上部に2カ所、穴を開ければ手提げ袋にもなる。

 

おれの家に来た友達は「何やってんだよ!」と驚き半分、食べ物を粗末にするなと怒っていた。しかしパン耳がきらいなおれにとって、こればかりはどうしようもない。

だったら、耳なしの食パンを売ってくれ。

 

ーーこれが通常の食パンの行く末だ。ところがレーズン食パンは、おれに恐ろしい衝撃をもたらした。

 

いつものように掘り進めていくが、手のあちこちにベタつくレーズンが付着して気分が悪い。元からさほど好きでもないレーズンということもあり、おれはかなり不機嫌になった。

そのため、普段ならばもっときれいに内壁を成形するのだが、今日は手抜き工事で終着地までたどり着いた。

そして、ベロンとだらしなくつぶれたレーズン食パンの抜け殻を持ち上げ、中を覗いた瞬間ーー。

 

眼下に広がるは、まるで大量発生した大腸ポリープの再現じゃないか!!

 

おもわず背筋が凍る。

おれはあまりの不気味さに目を疑った。これはレーズン食パンだよな?さっきまでおれが美味そうに貪(むさぼ)り食っていた、あの焼きたてのパンだよな?それがなぜこんなグロテスクな姿に変わってしまったんだ??

 

ーーあぁ、これはおれが悪い。

手を抜いて適当にパンをちぎって進んだ結果、内部が円形になっている。パン耳の四角い枠に沿って、いつものようにきれいに剥ぎとっていれば、レーズンがこんなに残ることもなかったはず。

そしてこの、筒状の内壁があたかも大腸を想起させる。そこへレーズンが無数に練り込まれているため、まるでポリープに見えるのだ。

 

絶望に打ちひしがれながら、呆然とパン耳の残骸をもてあそぶ。その感触はまるで晩白柚(ばんぺいゆ)の皮そのもの。

だが、果実と似たような厚みと弾力を持ちながらも、みずみずしさのかけらもない無気力なレーズン食パンの屍(しかばね)は、言葉にならない恐怖と憎悪をおれに与えるだけだった。

 

 

(完)

 

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