給与が電子マネーで支払われる時代

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今月より施行される労働基準関係法令のなかでも、イマドキっぽいのは「賃金のデジタル払い」だろう。

原則、給与として支払われる賃金は労働者へ通貨で直接支払うこと(労働基準法第24条)とされているが、労働者が同意した場合には例外として、銀行口座と証券総合口座への振込が認められているのだ。

(証券総合口座って、響きがカッコいい・・・)

労働者は誤解しがちだが、給与は口座振込が当たり前ではない。本来ならば「現金手交」が原則なのだ。とはいえ、昭和22年の常識が令和の今も通用するわけではなく、というか当たり前に時代錯誤であり、大方の労働者は金融機関への口座振込が当たり前だと思っているだろう。

 

ところが、昨今のキャッシュレス決済の普及や送金手段の多様化のニーズに対応するために、労働者が同意した場合には、一部の資金移動業者への賃金支払いも認められるようになったのである。

一部の資金移動業者とは、厚生労働大臣が指定した資金移動業者のことで、「〇〇PAY」などの決済サービスを指す。指定された資金移動業者の一覧が、厚労省のサイトで公開される予定なので、今しばらくお待ちを。

とはいえ一足早く、国税の納付がスマホ決済可能となっており、PayPayやd払い、LINE Pay、メルペイなどが使用できるので、給与もこれらの業者が候補に挙がるのではなかろうか。

 

デジタル払いが解禁したからといて、「オレ、PayPayに給与払ってもらいたい!」という願いがすぐさま実現するわけではない。労使協定を締結することや、厚労省による資金移動業者の審査(数か月)が入るため、今年中に実施できるかどうか微妙なところである。

だが将来的には、デジタル払いの利用は増えるだろう。なぜなら、賃金の一部を電子マネーで受け取ることも可能なため、銀行口座とデジタル払いと別々に受け取ることができるのだ。こうすることで、日常使いと引落し口座とで使い分ければ便利かもしれない。

 

あとは、企業側の運用について個人的に興味がある。給与の支払いも国税の納付も電子マネーでできるのであれば、振込手数料を抑えられるデジタル払いのほうが圧倒的に得である。

また、短期アルバイトやフリーランスへの支払いとの相性は、デジタル払いに分があるといえる。支払う側の事務手続きの煩雑さを考えると、金融機関を使うよりもデジタル払いのほうが圧倒的に簡単で手間いらずだからだ。

 

実際に、プライベートでのカネのやり取りは電子マネーが多様される傾向にある。レストランでの割り勘や現金払いしかできない場合の仮払いなど、通貨同等の扱いがされており、それに対する違和感や嫌悪感も抱いていない。

わたしなど、財布というものに触れた記憶はここ数年ないわけで、いよいよ現金の価値は幻となりつつあるのだ。

 

 

そんなわたしは今日、満を持して冬物の衣服をクリーニングに出す決断を下した。

さすがにここまでくれば、真冬のジャケットなどお守り代わりにもなるまい。今年の終わりまで、どうか安らかに眠っていてくれ――。

「8,200円です」

クリーニング店のタナカさんが言う。

 

(し、しまった。現金がない・・・)

 

そういえばここは、クレジットカードも使えないんだった。だから毎回、クリーニングを出す際にわざわざ銀行でカネをおろす習慣があるのを、すっかり忘れていた。

顔なじみのタナカさんは「後日でいいよ」と言ってくれるが、さすがにそれではきまりがわるい。かといって、タナカさんが電子マネーを使えるとも思えないし、カラダで払うというのもちょっと違うだろう。なにかいい方法はないだろうか――。

「そうだ、銀行口座に振り込もうか?それなら今すぐできるよ」

ダメ元で口座振込の提案をしてみた。するとタナカさんは驚いた表情で、

「え?今すぐ振込めるの?ここで??」

と、興味津々に預金通帳を探し始めた。そして差し出された口座情報を元に、振込画面でタナカさんのフルネームを口にすると、

「え?!なんで僕の名前を知ってるの?!」

と、まるで手品を見るかのような表情で目を丸くしていた。

 

とりあえず8,200円を彼の口座へ振込むと、クリーニングの控を受け取って店を後にしたわたし。無事に支払いは済ませたが、それでも入金確認をするまでタナカさんは、不安で眠れぬ夜を過ごすのかもしれない。

ということは、ネットバンクの存在すら稀有であるタナカさんにとって、電子マネーなどずいぶん怪しい存在といえるだろう。

 

自らの手で現金を掴んでこそ、その価値を実感できる世代というのもまだまだいるわけで、「便利」というだけでキャッシュレスを押し通すのは、時期尚早なのかもしれない。

 

Illustrated by 希鳳

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