ーー午前10時
繁華街の裏路地を歩いている。
昨夜の喧騒が嘘のように静かで穏やかな朝だ。
喧騒に包まれていたかどうか知らないが、路上に散乱するゴミの量や自転車のなぎ倒され方からいって、喧騒というより狂乱状態だったと考えるのが自然だろう。
朝、繁華街を歩くことなどあまりない。
ましてやその路地裏など用事でもないかぎり通る必要がない。
夜の街の朝は、なんというか、気分が悪い。
太陽が豊富に降り注ぐエネルギッシュな午前、薄汚れたけだるい路地裏を歩いていると、ふと目に留まるカラフルな建物があった。
建物がカラフルなのではなく、各部屋のベランダに干してあるタオルがカラフルだ。
その建物は居住用マンション。
総勢10部屋以上のベランダでカラフルなタオルがはためいている。
あれはどう見ても、風俗かエステかマッサージで使用するタオルだ。
一般家庭で、ましてや1K相当の狭い部屋で、あれほど大量なタオルは必要ないだろう。
どれも形は同じで色もほぼ統一されている。
301号室は派手なピンクのフェイスタオルが20枚。
303号室はスカイブルーとショッキングピンクのフェイスタオルが20枚。
401号室は居酒屋でよく見るレモンイエローのハンドタオルが大量。
504号室は妖艶なパープルのバスタオルが15枚。
他のベランダにも、タオルらしき布が所狭しと干されている。
このマンション、居住目的は何世帯あるんだーー
ふと気になりマンションの正面に回ってみた。
ダイワパレス(仮称)は、完全居住用マンションのはず。
集合ポストにも店の名前など出ていない。
マンション正面側の通りから見ると、なんの変哲もない静かな居住用マンション。
裏路地からベランダを見ると、過半数の部屋で明らかに接客業を営んでいるであろう様子がうかがえる。
これは朝にならないと分からない事実だろう。
*
かつて、税務調査で驚かされた案件を思い出した。
税務署も当時はプライドが高い、いや、相当な粘着質だった。
ターゲットを絞ったらとことん搾取する。
そのためには昼夜問わず、なりふり構わず徹底的にシッポを捕まえる。
ここは都内某所のラブホテル。
午前10時。
回収を終えたクリーニング業者の軽バンの前に、男性が両手を広げて飛び出した。
(当たり屋ではない)
「シーツの枚数を確認させてください!」
息を切らしながら男性は運転手に向かって叫んだ。
その男性は、税務署の調査官だった。
このラブホテルの売上げに疑義があるらしい。
噂というのは恐ろしいもので、どこからともなく伝わる。
その噂によると「実際の売上げは申告の倍以上ありそうだ」ということ。
これは不正のニオイがする、とにらんだ調査官は体を張って証拠を確認しようとしたのだ。
その結果、ラブホテルの利用客数とシーツの枚数が一致しないことが発覚。
オーナーに確認すると、
「毎度クリーニングせず、裏返しにして使ってました」
と素直に非を認めた。
ただし、
「汚れたシーツはちゃんと交換してますよ」
と、わずかな常識と清潔に対する意識の高さをアピールしていた。
そして様々な言い逃れを繰り出すも、最終的には多額の追徴税と加算税が課された。
しかしあの調査官は24時間張り込んでいたわけで、ものすごい根性だなと感心した。
*
午前10時は夜の世界のデッドラインなのかもしれない。
フラつきながら駅方面に向かう、化粧がドロドロのガールズバーの店員集団とすれ違う。
駐車場では●●リネンサプライのトラックが待機している。
中華料理屋の前に放置された吐しゃ物に、店主がホースで水をかけている。
明らかに未成年者が警察官に両脇を抱えられて、喫煙所から引きずり出される。
夜の繁華街が繁華街として栄えるためには、明るい時間帯のけだるいリアルが必要であることを、生々しくも実感させられた。
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