久々の雨の中、目的地へ到着する寸前のところで、わたしは身なりを整えるべく左耳からイヤフォンを引き抜いた。
イヤフォン・・といえば、電車内で曲を聴いたり動画を視聴したりしている乗客の半分くらいが、お決まりの白いブナシメジ・・いや、AirPods(エアポッズ)を耳から覗かせているが、あんなものに3万も4万も掛けられる一般人の気が知れない。
AirPodsは便利かつ高機能満載なのは分かるが、それらを使いこなせていないというか、使いこなせるほどの感度も必要性も持ち合わせていないのだから、結果として"単なるブランド自慢"でしかないわけで。
それに比べて、このわたしは違う。あたかもAirPodsのような白いブナシメジで、これ見よがしに耳の穴を塞いではいるが、これはAirPodsではない。言い換えれば、AirPodsのパクリである。
たまたまネットで見つけた定価1,300円の白いワイヤレスイヤホンを、初回特典の300円引きにて購入したのだが、その後もショッピングサイトから配布された千円引きのクーポンを使うなどして、平均すると一個あたり千円未満で複数購入した結果、自宅には5個の在庫を常備するに至った。
偽AirPodsの素晴らしさは、なによりも金額の安さにある。
なんせワイヤレスイヤホンというのは、片方を失くしたら致命傷となる。そして、片耳15,000円も払って買い直すくらいなら、偽AirPodsを10個買った方がお得なだけでなく気分もスッキリするわけで、紛失した際にこそ真価を発揮する・・といっても過言ではない。
——そんな偽AirPodsを左耳から引き抜こうとしたところ、両手に荷物と傘を持っていたためか、指が滑って地面へ落としてしまったのだ。
「あっ!」と思った瞬間、白いブナシメジは濡れたアスファルトをコロコロと転がり、車道の手前の平らな縁石で止まった。そしてそこは、深い水たまりでもあった。
一日中降り続いた雨の影響で、その水たまりへ足を踏み入れたらびしょ濡れになるほど、深くて大量の水が溜まっている。あんなところへ手を突っ込むのも気が引けるが、偽AirPodsを回収しないことには仕方がない・・いや、待てよ。どうせならこのまま放置して、自宅の在庫を開封してもいいのではないか——。
決して大切に扱っているわけではないが、日々わたしに酷使されながらもこのイヤフォンは必死に喰らいついている。不具合を起こすこともなければ、姿をくらませることもせずに、何か月経ってもわたしのそばにいるではないか。
その労力に見合った・・いや、それ以上の実力を発揮してくれたホワイトブナシメジを、そろそろ静かに眠らせてやってもいいのではないかと、わたしは考えた。どうせ在庫はあるんだし、ここらでお別れしても・・・。
(いや、ダメだ。水没した偽AirPodsの、その後の動作確認をするまでは葬り去れない)
紛失ならばどうしようもないが、目の前で水没している相棒を見捨てるわけにはいかない。しかも、これだけどっぷりと水に浸かった状態で、生存確認をせずに放置するのはあまりに惜しい。
こうして、「たった千円のワイヤレスイヤホンにどれほどの耐水性があるのか、それこそ確認しなければ勿体ない」と思ったわたしは、深い水たまりに手を突っ込むと偽 AirPodsをつまみ上げた。
(表面はツルンとしたアクリル樹脂でできているため、水滴は付着していない。問題は「音が出る部分」だ。ここは細かい網目状のカバーできているため、ここから浸水していなければスピーカーユニットの寿命は持つはず。さらに、充電部分の金属が錆びていなければOKなわけだ)
信号待ちをしている中国人観光客たちからは、卑しい貧乏人を見るかのような目で憐れまれたが、こちらは「実験」としてあえてやっているのだから恥じる必要はない。
そう、高価なAirPodsを水たまりで水没させた、そそっかしくて間抜けな日本人だと蔑んでくれ!
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あれから数日が経過したが、偽AirPodsは今日も元気に稼働している。そのため、今か今かと出番を待ちわびている在庫たちは、今日も相変わらず未開封の状態で深い眠りに就くのであった。
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