美しいはずの皮膚

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これは本当の話ではない。あくまで架空の内容なので、ましてやわたし自身の体験談などとは思わないでもらいたい。

便宜上、一人称を「わたし」とするが、決して実話ではないことを口酸っぱく伝えておく。

 

 

人間というのは、動かなくなると輝きを失うものである。おまけに他人との接触がなくなると、身体の清潔を保つ必要もなくなり、己の殻に閉じこもるようになる。

 

することもないのでアニメに没頭し、外出も面倒なのでウーバーイーツを駆使し、一日を通してほぼ寝っ転がっているだけなので、身体活動は皆無に等しい。

言うまでもなく、風呂など入るはずもない。なになに?シャワーくらい浴びるだろう?・・フンッ、そんな揚げ足取りは通用しない。一切の代謝が停止している今、カラダを洗う必要などないのである。

 

とはいえ、小さく清潔を保っていたりもする。その部位は手と歯だ。

手、というか指先は、パソコンのキーボードやピアノの鍵盤に触れるため、常にきれいにしておかなければならない。

だらしないデブがポテトチップスをむさぼりながら、モニターにかじりつく姿は想像するだけで怒りがこみ上げてくる。その脂ぎった薄汚い指で、マウスやキーボードに触れるんじゃない!と叫びたくなるほど、指先で触れるものの清潔は保たなければならないのである。

こういったポリシーからも、手だけは頻繁に洗っているわけだ。

 

そして歯についても、飲み食いするたびに歯磨きをする習慣がある。なぜ体や髪の毛は洗わないくせに、歯だけは頻繁に磨くのか?と問われれば、

「歯は二度と生えてこない。よって、何がなんでも死守すべきだからだ!」

と答える。異次元の咬合力により、右奥歯を骨折し失ったわたしだからこそ、もう二度と無駄に歯を失いたくないのだ。

だからこそ、どんなに面倒くさくても歯磨きだけは怠らないのである。

 

このように、部分的な清潔を除いて不潔を保つわたしだが、ついに外出しなければならない不運に見舞われた。

(顔は洗うとして、髪の毛はお湯で濡らせばいいだろう。となると、問題はカラダか・・)

とにかく、風呂もシャワーもまっぴらご免である。かといって、他人と至近距離で接触するのに、万が一異臭を放ったり不潔を悟られたりしては、今後の社会生活に支障が出かねない。さて、どうしたものか――。

 

その時、テーブルに投げ捨てられた白い物体が目に入った。それは、ウーバーイーツでガパオライスを注文したときに付いてきた、お手拭きだった。

よく見ると、コンビニやカフェでもらうものよりも大きくて分厚い。これならば、カラダを拭くのにちょうどいいサイズといえる。よし、使わせてもらおう。

 

部屋着を脱ぐと念のため、脇や腕そして腹のあたりをクンクンと嗅いでみた。

(うん、べつに臭くない)

見た目も普通だし、あえてお手拭きなど使う必要もなさそうだ。とはいえ念には念を入れて、皮膚表面の油脂は拭っておこう――。

 

大判のウエットティッシュを手のひらに乗せると、ゴシゴシと上半身をこすりはじめた。さすがに一週間も放置しておけば、体表は汗や脂で覆われているだろう。その上、ひんやり柔らかなお手拭きをすべらせると、どことなくサッパリして気持ちがいい。

(・・・ん?)

皮膚に触れていた面をひっくり返し、裏側で拭こうとしたその瞬間、わたしは見てはいけないものを目にしてしまった。

 

(な、なぜ真っ黒なんだ・・・)

 

そう、なぜかお手拭きが真っ黒になっていたのだ。

わたしの皮膚は断じて黒くない。若干、黄色がかっているものの、黄色人種特有の肌の色である。どこにも黒ずみなど見当たらないにもかかわらず、目の前のお手拭きはまるで煤(すす)を拭き取ったかのように、真っ黒に変色しているのだ。

いったい、なぜ・・・。

 

理由は分からないが、裏返したお手拭きも最終的には真っ黒になった。

真っ白だったお手拭きが、皮膚を撫でただけで真っ黒になるのだから不思議である。

 

 

こんなオンナがいたとしたら、それこそドン引きである。まったく人間というのは、想像以上に堕落を好む哀れな生き物だ。

 

Illustrated by 希鳳

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