わたしには、友人からもらった・・いや、正確には”奪い取った”Tシャツがある。
強奪するほどお気に召したのは、オニツカタイガーの黄色いTシャツ。ブランドとしても珍しい上に、鮮やかなからし色に惹かれたわたしは、着用している友人に向かって「そのシャツちょうだい」と、単刀直入に交渉してみた。すると数日後、その友人はきれいに畳んだTシャツを持ってわたしの前に現れたのだ。
その当時はまだ半袖では肌寒い気候だったが、今こそまさにTシャツの出番。よって、久しぶりに袖を通したオニツカタイガーと短パンで、白金から目黒へと向かったのである。
自宅の最寄り駅である白金高輪駅は、シロガネーゼとその取り巻きで溢れている。そんな、裕福な暇人たちをかき分けながら、発車時刻ギリギリの「オニツカイエロー」は、改札に向かって小走りで突き進んだ。
(・・なんか今日は、やたらと見られている気がする)
正面からやってくる通行人が、どういう風の吹き回しかことごとくわたしを見るのだ。もちろん自意識過剰などではない、なぜなら片っ端から目が合うわけで、さすがに気のせいとはいえない。
考えられる要因としては、やはり「Tシャツが黄色で目立つ」という理由だろう。たしかに周りを見回しても、高級住宅街という土地柄もあってか黄色のTシャツはわたし一人。
だが、シルバーのスパンコールでできたタンクトップや、ショッキングピンクのミニスカートのオンナがウロウロしているのに、オニツカタイガーのからし色が彼女らを抑えて目立っているとは思えない。
では、オニツカタイガーというブランドが目立っているのだろうか——いや、さすがにそこまで珍しいものでもない。
オニツカタイガーは、1949年(昭和24年)に兵庫県神戸市で産声を上げた、日本を代表するシューズブランドである。クラシックかつレトロなデザインが海外セレブの間で人気となり、今やシューズのみならずアパレルも世界中で展開されている。
(ということは、羨ましい・・のか?)
もしかすると、レトロファッションに敏感なシロガネーゼたちは、このオニツカタイガーに憧れを抱いているのかもしれない。ましてや黄色というカラーリングも、(自分で着ておいていうのもなんだが)やや勇気のいる選択であり、それを堂々と着こなしているわたしに、羨望のまなざしを向けているのかもしれない。
(いや、違うな。むしろ男がジロジロ見ているじゃないか・・)
改札を通り抜けてホームへとつながるエスカレーターを降りながら、逆側のエスカレーターで上がっていく男と目が合う。だが、目が合うと向こうがすぐに反らすので、恋は始まらない——。
何かがおかしいと感じたわたしは、電車が入線するまでのわずかな時間で自撮りをすると、Tシャツをくれた友人へと画像を送った。すると、
「Tシャツのせいじゃなく肩と腕の筋肉を見ているんです、パンパンですし。でも、とてもお似合いです!」
と、当たり障りのない回答が得られたが、残念ながらそれは違う。なぜなら、ここ最近は半袖で闊歩することが増えたため、もしも筋肉が原因ならば毎回わたしは熱視線を感じているはず。だが今日に限って・・なのだから、筋肉の問題ではない。
(・・ということは、もうアレしかないだろう)
じつは、最初から薄々勘づいてはいたが、持ち前のオーラとバイタリティで、そんなイメージは払拭できると信じていたのだ。しかしながら、ここまで大勢の視線を集めたとなると、もはや疑う余地はない。
——そう、24時間テレビのスタッフだと勘違いされたのだ。
ところが、調べてみると「黄色のTシャツ」だったのは2006年までで、それ以降はカラーバリエーションが増えている。つまり、中年世代にとっては黄色のTシャツ=24時間テレビの印象だが、最近の若者にとっては「黄色だから」といって必ずしもそこへ帰着するわけではなさそう。
だとしたらなぜ・・何が原因でこんなにもジロジロ見られるのだろうか。本当に分からない——。
黄色のTシャツに黒い短パン、足元はビーチサンダル・・という、あわや夏真っ盛りの装いが、5月の現時点では悪目立ちしたのだろうか。はたまた友人が述べるように、わたしの筋肉が「黄色」という膨張色によって変に強調されてしまったのだろうか。それとも、ただ単に黄色が目立っているとか——いや、どれも納得いかないし腑に落ちない。
結局、なぜ注目されていたのか真相は不明のまま、用を済ませるとそそくさと帰宅の途に就いたわたし——あぁ、だれか一人くらい捕まえて理由を聞ばよかった。
本人には理解できない、謎の視線を集めたオニツカイエローなのであった。
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