電子化だのペーパレスだの叫んだところで、その気のない者には響かない。酒やタバコを好まない者に、いくら嗜好品としての魅力を語ったところで「うるせぇな!」と煙たがられるのと同じで、興味がなければ・・いや、メリットを感じられなければ、電子化に踏み切ろうなどとは思わないのがオールドタイプ。
そして、そんな旧式なやり方から抜け出せない企業のために、わが家にはプリンターが存在する。メーカーはブラザー工業株式会社・・そう、ミシンで有名なあの企業の複合機である。なぜブラザーを選んだのかというと、年に数回しか稼働させないことから、とにかく一番安くて頑丈そうな製品を求めた結果だ。
社労士の範疇である労働保険・雇用保険・社会保険に関する手続きは、ほとんどが電子申請にて届出が可能。そして、審査が終了すると「公文書」がデータ発行されるため、PDFに変換して顧問先等と共有することで手続き完了となるわけだ。
電子申請ゆえに通信費や電気代は発生するが、郵送や訪問の手間と費用を考えると月と鼈(すっぽん)ほどの差があるわけで、なによりも「物理的な書類の保管・共有」というストレスから解放されることが、わたしにとっては非常にありがたいのだ。
とはいえ、先方が「パソコンなし」「ケータイはガラケー」「ファックスが最先端の電子機器」となると、さすがにこちらが折れるしかない。それでも挫けず、何度か説得を試みるも「うちは昔からこのやり方なので!」とピシャリと拒絶されると、その先の言葉は飲むしかないわけで・・。
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(あぁ、また郵送か・・・)
たった一社だが、頑なに紙を好む顧問先がある。そこへ書類を届けるには、わたしが飛脚になるか郵便配達員に届けてもらうかの二択となるが、紙っぺら一枚を届けるために時間を使うなど愚の骨頂。よって、問答無用で郵便システムを使わせてもらうのである。
この会社のためだけに、わたしは84円と94円の切手シートを購入し、プリンターのインクを補充し、A4サイズのコピー用紙をストックしている。いつか社長から「データで送ってくれればいいよ」と言われる日がくるのを夢見ながら——。
そしていつものごとく、電子申請後の公文書をプリントアウトしようとしたところ、プリンターから吐き出された紙が真っ白だったのだ。念のため、もう一度同じ書類をプリントアウトするも結果は同じ。インクの残量も問題ないし、いったい何が起きたというんだ!?
とはいえブラザーのこのプリンターは、10年以上の付き合いがある古い相棒である。もうさすがに寿命なのかもしれない——。そんな寂しさを感じながらも、ふと目に入った「印刷品質チェック」の文字にかすかな期待を抱いたわたしは、そっとボタンを押してみた。これはいわゆる「ノズルチェック」のことで、紙に印字されなかったりインクの出具合にバラつきがあったりした場合に、ヘッドクリーニングを行うことで改善を図るものだ。
ウィィン、ガチャガチャ・・・
こんな簡易的なプリンターでも、自動でヘッドクリーニングを行うとは驚きである。ある意味、生きた化石に近いオフィス機器ではあるが、それでもこうして必死に生きようとしているのだから、機械にも命があるということを痛感してしまう。
(・・お、止まった)
あまり期待せずに、印刷品質チェックシートを出力してみたところ——さっきまで真っ白だった紙に、ムラはあるが文字やマークが印刷されていたのだ!!
なぜこのような事態・・つまり、なぜ文字が印刷されなくなったのかというと、"ある日突然、滅多に使用しないこのプリンターが急に動き出したこと"が発端だった。
しかも、電源を切っているにもかかわらず、突如「ガチャン!」と派手な音とともに動き出すのだから心臓に悪い。そのたびにドキドキしながらプリンターを見に行くのだが、しばらく準備運動をすると再び眠ってしまうので、何のために動いたのか意味が分からなかったのだ。
そんな恐怖体験から逃れるべく、わたしはコンセントを引っこ抜いた。
電源を切っていても、コンセントが刺さっていれば通電しているため、こうやって勝手に動いてしまうことがあるのかもしれない。ならば強制的に仮死状態にしてくれよう——。
・・そう、この"虐待行為"により、目詰まりを防止するためのヘッドクリーニングが行われなくなったことから、久しぶりに叩き起こすもへそを曲げてしまったのだ。——あぁ、そうか。"突如、動き出す"という怪奇現象は、ユーザーに対する気の利いたサービスだったんだ。
そういえば、トイレのウォシュレットも突然「シャーーッ」と動き出すことがあり、油断しているとビクッとなるが、あれもやはりユーザーのために働いているのだ。・・まったく、近頃の家電製品やオフィス機器ってやつは、ニンゲンよりもニンゲン思いのいい奴ばかりだな——。
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その後、ゴミ箱からガサゴソとインクカートリッジのお徳用パックを回収したことは、プリンターには秘密にしておこう。
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