腐敗したおむすび

Pocket

 

わたしはおむすびが好きだ。とくに、何も入っていない塩むすびが一番の好みだ。

中に梅干しが入っていたり、磯の香りただよう海苔が巻いてあったりしても構わない。だがやはり、白米が持つポテンシャルを最大限に活かすには、ふっくらツヤツヤの米と塩だけで勝負するのが、もっとも単純明快で優劣がハッキリする食べ方といえる。

 

そして料理がものすごく下手な母親の、唯一の得意料理が「おむすび」なのだ。当然ながら、形はキレイな三角形ではない。ややつぶれた丸と三角の間くらいの、カバンの底で押しつぶされた饅頭のような形状をしている。

学生時代はそのおむすびを友人らに見られるのが恥ずかしかった。彼女らのおむすびは美しい三角形をしているし、包み紙も洒落ている。さらに、海苔やゴマ塩で白米が覆われており、それらに比べて白一辺倒のわたしのおむすびは、どこか貧相にも見えた。

そんな恥ずかしさもあってか、母の作るおむすびが「美味い」と思ったことはない。とくに冷めたおむすびは、どこかべちょべちょしていて好みではなかった。どちらかというと、水分が少な目のパラパラした米、そう、栗おこわのようなモチモチしつつも芯のある噛み応えを求めていたからだ。

 

ところが大人になってから、というか年を取ってからは、この水分たっぷりのねっとりしたおむすびが、なんとも美味しく感じるようになったのだ。この場合のメリットは、炊きたてでも時間が経ってからでも、さほど米の状態に変化がないことだ。

むしろ冷めてからのほうが、硬さを増す分おむすびとしての完成度が増す。さらに形も不格好な扁平まんじゅうのため、それはそれで食べやすいのである。おむすびがつぶれている分、口を上下に開ける必要もないし、強く掴んでも崩れる心配もない。

 

今となってみれば「これほど完璧なおむすびは、存在しないのでは?」と思うほど、見栄えは悪いが味と食感は完璧なおむすびが、母の作った「それ」なのである。

 

 

そして今日、ジップロックにおむすびを6個を携えて母が上京してきた。だがわたしは、どこか嫌な予感に襲われた。

(朝晩が冷えるとはいえ、保冷剤なしで一日持ち歩くのは、さすがにまずくないか?)

ここ最近、東京の昼間は暖かい。半袖でも十分なくらいに、春から夏へと移りつつあることを肌で感じられる。とりあえず、屋内の移動が多いから問題ないかもしれないが、念のため保冷剤があったほうが安心できるのだが――。

 

ところが、途中で保冷剤を買うことを忘れてしまったわたしは、一日中おむすびを持ち歩いて帰宅した。そして急いで冷蔵庫(ミニバー)へと放り込んだわけだ。

母親サービスに一日を費やしたわたしは、とりあえず急ぎの仕事をサッサとこなした。それでも、時計を見ると24時を回っていた。

(そうだ、とりあえずおむすびを食わなければ・・)

いくら冷蔵庫に入れたとはいえ、生モノの腐敗は止まらない。一分でもはやく片付けなければ、本当に食べられなくなる。よし、まずは一つ食べてみよう。

 

ジップロックごと取り出したおむすびは、相変わらず潰れたまんじゅうと見間違うほど、見事につぶれていた。まずはサランラップを剥がしてニオイを確認。

(・・・び、微妙だ)

微妙だと感じる時点で、すでに腐敗が進行している証である。だがそれを認めるつもりのないわたしは、思い切って一口かぶりついた。

(・・・若干、腐ってるな)

冷静に現状を分析してみる。これは僅かだが、腐敗した米の味がする。間違いなく腐りかけているのだ。しかし、せっかく手に入れた実家のおむすびを、みすみす捨てるような愚行は避けたい。ならばどうすればいいのか――。

 

その時わたしの舌先は、おむすびの中央に埋もれていた梅干しに触れた。・・すっぱい。

その酸っぱさのおかげで、白米の腐敗が意識から消えたのだ。わたしは必死に梅干しに神経を集中させた。この酸っぱさを保てば、白米がどんな状態であろうが気にならない。

 

こうしてわたしは、梅干しの勢いを保ったまま、6個のおむすびをすべて胃袋へと流し込んだ。

 

 

そういえば、さっきから腹がグルグルと音を立てている。わたしの腸内細菌が、増殖した微生物らと戦っているのだろう。さながら、腸内細菌vs黄色ブドウ球菌による「腸内大戦」とでもいおうか。

 

ちなみに、強い意志と戦いにおける勝利のイメージを腸へと送り続けた結果、我が腸内細菌軍が勝利した。そう、すべてはイメージでコントロールできるのだ。

なにごとも、大丈夫だと思えば大丈夫。わたしの腸内細菌はその言葉により鼓舞され、活発に暴れまくったのである。

 

とどのつまりは、多少腐っていようが確固たる意志さえあれば、細菌やウイルスに打ち勝つことができる、ということだ。

 

Illustrated by 希鳳

Pocket

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です