行き違い、それは失恋と同じ痛みを覚えるもの。

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古くはロミオとジュリエットが有名だろう。なにかの行き違いでメッセージが伝わらず、悲劇を生んだストーリーといえば。

あと一歩早ければ、ロミオとジュリエットは幸せな余生を送れたはずなのに、神父の計画を知ることができなかったロミオは、毒を飲んで自殺を図った。その瞬間、薬の効果が切れて仮死状態から蘇ったジュリエット。しかし直後にロミオは死に、ジュリエットも後を追って自殺した。

事前にこの計画がしっかりと伝わっていれば、若い二人が死ぬことなどなかったわけで、その当時に適切な連絡手段がなかったことを呪うしかない。

 

個人的には、「イニシャルD」という走り屋の漫画に登場する池谷の失恋シーンこそが、行き違いストーリーの最高峰だと思っている。

人柄は最高にいい奴だが、これといって突出した才能があるわけでもない凡人・池谷。一応は走り屋だが、自爆で愛車を壊すなどとてもじゃないが向いていない。

そんな池谷の前に「碓氷峠最速」と評される、走りと美貌を兼ね備えた真子(まこ)が現れ、二人は恋に落ちる。

 

恋愛経験のない二人は両想いであるにもかかわらず、その想いを確かめることができない。だがいよいよ、二人が結ばれる時が訪れるのだ。

 

しかしここでも、池谷のあほんだらが勝手な思い込みから、約束の時間を過ぎても遠く離れた自宅付近でもたついていた。

真子はすでに、約束の場所である「峠の釜めし・おぎのや」の駐車場で池谷を待っている。普段は走り屋モードの真子だが、この日ばかりはスニーカーからヒールに履き替えて、「池谷にバージンを捧げる」と断言するなど、走り屋のストーリーとは思えないぶっとんだ発言まで飛び出す始末。

 

その裏では、池谷のバイト先であるガソリンスタンドの店長が、真子の乙女心について池谷に説教をしている。その結果、猛ダッシュで車を飛ばし「おぎのや」の駐車場を目指す、ボンクラ池谷。

ところが不運にも事故渋滞に巻き込まれ、ただでさえ大遅刻をしているにもかかわらず、身動きがとれない。

 

二人の待ち合わせは20時だったが、池谷のボケが地元を出たのは20時半。さらに高速道路での事故渋滞で足止めをくらう。

そんな中、池谷の状況を知ることもなく22時まで待ち続けた真子。だがとうとう「足、痛くなっちゃった・・もうサンダルなんか履かない」と、泣きながらスニーカーに履き替える。

そしてサヨナラを告げる2回転半のタイヤ痕を駐車場に残して、去っていったのだ。

 

その直後、タッチの差で間に合わなかった池谷は、ホヤホヤのドリフトの跡を見ながら泣き崩れて終わる、というストーリー。

 

もしもあの当時、携帯電話というものがあれば二人は結ばれていたのだろう。真子がサンダルを嫌いになることもなかっただろう。

純粋さがウリである池谷の、真っすぐすぎる性格にも腹が立つが、とにかく人生最大のチャンスを逃した後悔は、読者にとってもかなり大きな痛手となった。

私など、いまだに「おぎのやの釜めし」をみると、怒りが込み上げてくるわけで。

 

そして今日、そんな私にも僅かな時間差で大きな後悔を生む出来事が起きた。

 

友人からのメッセージに気がついたのは、受信から15分後だった。本日の予定を尋ねる内容だが、約束の時間にギリギリのため、準備を済ませてから返信することにした。

「いま向かってるよー」

玄関を出てエレベーターを待つ間に、先ほどの返信をした。するとその直後、生きる気力を失うほどのメッセージが届いた。

「あー、もう家出ちゃった。塩むすび作ってあげようかと思ったんだけど」

文章の途中で「すぐ家に引き返せ!」と叫んだが、友人へ伝わるはずもないし伝わったところで引き返さないだろう。

 

(あぁ、私の返信があと15分、いや、10分早ければ塩むすびがもらえたのか。塩むすびといえば私の大好物。なんとしても手に入れたい代物である。それが、たった数分の行き違いで叶わぬ夢で終わるだなんて――)

 

池谷と真子が行き違いになった場面で流れた曲が、私の脳裏で悲しく鳴り響く。後悔と絶望の海に溺れ、すべてのやる気を失った私は、ただ呆然と空を仰いだ。

 

塩むすび、食べたかった・・・。

 

サムネイル by 鳳希(おおとりのぞみ)

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