老婆

Pocket

 

私は強運の持ち主である。

なぜなら、友人の店でたまたま目についたサンダルを購入したのだが、そのサンダルこそが「リカバリーサンダル」と呼ばれる、足の専門医推奨の「足のためのサンダル」だったからだ。

 

TELIC(テリック)という名のそのサンダルは、ソールが立体的なフォルムでできており、アーチサポートと深いヒールカップにより、着地時の衝撃を吸収し安定感のある歩行をサポートしてくれるらしい。

さらに、足底圧を大幅に分散させることで、足裏だけでなく足関節や足全体の負担を軽減し、まるで雲を歩くような歩き心地を再現できるのだそう。

 

その上、日本唯一の足の総合病院として有名な下北沢病院監修のもとで、「足の8020」達成に尽力すべく、2018年からリリースされた商品とのこと。

一般的に「8020(ハチマルニイマル)」といえば、厚生労働省と日本歯科医師会が推進する、健康な歯を保つための運動を指す。いつまでもおいしいものを食べ続けられるよう、「80歳になっても20本以上、自分の歯を保つ」ということを一つの目標としている。

それに対する「足の8020」とは、「80歳で20分間、キビキビと歩き続けられること」を目標とし、歩行の維持から健康寿命の延長をサポートする活動である。

 

このような壮大なスケールのリカバリーサンダルを購入した翌日、私は腰を痛めた。重度の筋膜炎というやつだ。

 

怪我の回復力が驚異的な私は、丸一日横になっていれば歩けるようになると高をくくっていた。だが、丸一日半も寝ていたにもかかわらず、歩く姿は老婆そのものだった。

椅子に座るのも苦しいため、寝転がるしか方法がない。しかし外出しなければならない用事があるため、何が何でも二足歩行しなければならない――。

 

(しかたない、老婆でいくか)

 

外は小雨が降っており、傘をさせば誰でも老婆に見えなくもない。こいつはラッキーだ。

さらに、この日のために購入したといっても過言ではないタイミングで、リカバリーサンダルが届いた。足の負担軽減はすなわち、腰の負担軽減にもつながるはず。

私はなんという強運の持ち主だろうか!

 

こうして颯爽と歩き出した。いや、歩き出そうとしたのだが、いかんせん足が思うように前に出ない。しかも股関節の角度そのままに、ややガニ股で足を放り投げながら、半歩ずつ進むことしかできない。

予定の時刻が迫る。普段ならば余裕を持って到着できるはずの道のりが、やけに遠い。

(あの信号を渡ったところで、タクシーを拾おう)

地下鉄で向かう予定だったが、徒歩一分の場所にある駅の改札に、10分経ってもたどり着かない。そこで急遽予定変更し、進行方向の道路でタクシーを捕まえることにした。

 

ところが恐るべきことに、青信号を渡りきる前に点滅が始まってしまった。

(マズイ、中央分離帯に取り残される!)

とそこへ、近くの工事現場で警備をしていた年配の男性がやって来た。そして誘導灯をかざしながら、私を向こう岸まで送り届けてくれたのだ。

(なんというジェントルマン、私と付き合ってください!)

心の中で賛辞をおくった。

 

待つこと数分、わりとすぐにタクシーが現れた。老婆の私は色々なところにつかまりながら、時間をかけてシートへ転がり込む。

そしてそのまま、後部座席に寝そべる形で目黒駅方面へ向かってもらい、約束の時間ギリギリに間に合うことができた。

 

しかしこの乗車を機に、同じ姿勢で座ったり横たわったりすることで、腰の痛みが増すことを覚えた。

そもそも受傷は土曜日。そして今日は火曜日ということは、急性期は過ぎたと考えていいだろう。となれば安静よりも、最低限の動作を入れていくほうが回復も早い。

 

(よし、歩こう)

 

カネを払ってタクシーに乗って、その結果、腰が固まって痛い思いをするくらいなら、ゆっくりと自立歩行しながら前進するほうが健全である。

これが野生の世界ならば、笑われてしまうどころか、生きていけない話である。野生を忘れたら終わりだ。生き延びなければ――。

 

こうして私は、普段ならば10分程度の帰り道を、70分以上かけて歩き倒した。そのおかげで、腰の痛みは当然ながら倍増したのであった。

 

サムネイル by 希鳳

Pocket

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です