高崎という場所は、新潟・長野方面から東京へ向かう途中・・というか、大宮を境にしてその先を都会と呼ぶならば、高崎が「最後の田舎」ということになる。
そして今の時期、スノボやスキーを楽しむ者が多く、夕方以降の上越・長野新幹線はそんな客でごった返しているため、高崎から上りの新幹線に乗ろうとしても、十中八九座れないのである。
案の定、指定席は満席。もしかすると、グランクラスならば空いているのかもしれないが、さすがに高崎⇔上野間のグランクラスを購入する勇気も予算もない。よって、自由席の車内へ・・入れるはずもなく、自由席のデッキに立ち尽くすしかないわたしは、試合後ダッシュで高崎駅へ向かったことから汗だくになっていた。
(試合で汗をかかずに、なぜこんなところでびしょびしょになるんだ・・)
などと不貞腐れながらも、スノボの板を抱える乗客らに紛れてデッキへと詰め込まれた。
次の予定が迫っていたため、心の余裕を完全に失っていたわたしは、せめてボサボサの髪だけでも直そうと洗面室へ向かった。なんせ今、わたしの前髪はユニコーンのツノのように一本で結んであり、さすがにこのままステージに上がるのは・・そう、この後わたしは、サントリーホールにてピアノを弾く予定があったのだ。
前日にユニクロで”伸びる素材のワンピース”を購入し、靴こそKEENの”穴だらけのサンダル”を履いているが、せめて髪型だけでも直せればそこそこの身なりになるのでは・・。だが濡れた髪の毛というのは、ドライヤーで熱を加えるからこそふんわり綺麗な形にセットできるのであり、新幹線の車内にドライヤーは設置されていない。
その結果、水で濡らしたはいいが乾かす手段のない哀れな我が髪の毛は、ボサボサではなくなったがぺったんこになってしまったのである。
(うぅむ・・これならばユニコーンのほうがマシか)
というわけで、ボサボサのユニコーンをきちんとしたユニコーンに手直ししただけの、気合い十分な戦闘スタイルを維持したまま、わたしはすごすごとデッキに戻った。
それからしばらくして、わたしは重大なことに気がついた——そういえば、ワンピースの下はスポブラとタンクトップじゃないか。これからステージでピアノを弾こうっていうのに、さすがにこれはないな・・。
あとは汗の臭いも気になる。リュックの奥には汗拭きシートも潜んでいるため、着替えと同時に体も拭いておこう——。
そう思い立ったわたしは、乗客でひしめくデッキの隅っこでパンパンに膨らんだリュックを漁り始めた。
ここにいる者は皆、大宮駅への到着を待つのみで、これといって目立つ行動はとっていない。スマホをいじる者、音楽を聴いている者、ただボーっと立っているもの・・各々が無機質に時間つぶしをしているだけで、高速で進む列車の騒音だけが虚しく響いていた。
そんな中で、わたしは明らかに不審な挙動に出た。なんせ、試合会場から急いで飛び出してきたので、道着や帯は適当に丸めて詰め込んであった。また、飲みかけのドリンクや菓子の袋も邪魔をして、リュックの底にあるであろう下着と汗拭きシートまで手が届かない——まずいな、このままじゃ不潔な異端児になってしまう。
そこでわたしは、丸めた道着を少しだけ引っ張り出すと、手を突っ込むスペースを確保した。そして指先に神経を集中させると、ゴソゴソと手触りだけで下着を探し始めた。
(たしか、パンツとブラをキャミソールで包んであるから、キャミソールさえ掴むことができたら万事OKだ)
目をつむり指先の感度を上げつつ、キャミソールと思われる生地を探した。これか?いや違う、これはスパッツだ。ならばこれか・・?
身に覚えのあるツルっとした素材に触れたわたしは、ここぞとばかりに勢いよく引っ張り出した。途中で指から抜け落ちてしまっては元も子もないので、とにかく道着を突破するまでは勢いよく引き抜かなければ——。
その瞬間、わたしのパンツとブラが宙に舞った。キャミソールは指先で死守しているが、そこに包まれていたパンツとブラは、引っ張り出された勢いで空中へと放り出されたのだ。
「あっ!」
そう思ったのはわたしだけではなかった。デッキで暇つぶしをしていた乗客らが、一斉に身を退けた。
そりゃそうだ、天から突如パンツとブラが降ってくれば、さすがに驚かない者はいないだろうし、それが原因でトラブルに巻き込まれたらたまったもんじゃない。ましてや、使用済みかもしれない下着が頭上に着地でもしたら、最悪どころの話ではない——。
まるで時が止まったかのように、そこにいたすべての客の目は静かに落下するパンツとブラに釘付けになった。そして次の瞬間、デッキの床にしんなりと横たわる下着たち——。
「だ、大丈夫ですか?!」
そう声をかけてくれる乗客はいるものの、誰も拾おうとはしない。たしかに今のご時世、他人のパンツやブラに触れようものなら変態扱いされる可能性もある。ここは手を出すことなく静観する・・というのが正しい答えなのだろう。
大丈夫のような大丈夫じゃないような、なんとも微妙な気持ちのまま己の下着を拾い上げると、わたしはすごすごと女性用トイレへ消えたのであった。
*
本日の教訓——混雑した場所で、ヘタに下着を取り出してはならない。
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