縁がなければ赤の他人、ヴィオラとの出会い。

 

(ご縁というのは、呼んで呼ばれて引き寄せ合って・・なんとも不思議なものだ)

そう口にせずにはいられないほど、様々な偶然とタイミングが重なり合った「まさかの出会い」について、しみじみと嚙み締めるわたしなのであった。

 

 

ピアノの師匠宅を訪ねるのは月に3~4回程度だが、その都度、魂を揺さぶられるような密度の濃いレッスンを受けるため、疲弊した脳みそをクールダウンさせるべく、北赤羽にある行きつけの珈琲店へと向かった。

 

わたし一人で店内を占拠する、という贅沢なシチュエーションにご満悦のわたしは、さっそく「カピバラ」・・いや、「アルパカ」という名の豆のドリップコーヒーを注文した。

(じつは店主、「あなたアルパカ好きだったでしょ?」と、わたしの愛するカピバラとアルパカを勘違いしていた様子。たしかに、両者とも南米に生息していることや、名前が「カタカナに半濁点のある四文字」であることなど、実物の見た目は違えど共通点は多い。事実、カピバラを指さしながら「アルパカ!」と呼ぶ者もいるので、わたしの中ではカピバラとアルパカはほぼ親族・・ということで収めているのだ)

 

というわけで、「アルパカ」というオーガニックのコーヒーを味わっていたところ、とある一人の女性がやってきた。

どうやら初来店らしく、やや尻込みしている様子たったが、そんな彼女の肩には樹脂製のハードケースが掛かっている——なんだろう、ヴァイオリンにしてはデカいし・・まさか?!

 

ちょうどその頃、わたしは店主とピアノの発表会の話をしており、「今回の発表会では、弦楽器のデュオの伴奏もやるんだ」という話題に差し掛かったところだった。しかも、その「弦楽器」というのがヴィオラとチェロの二種類で、通常ならばヴァイオリンが入るであろう位置に「ヴィオラ」という、なかなか珍しい組み合わせなのだ。

ヴァイオリンを習っているまたは演奏しているという人は、身近にも割といるのだが、ヴィオラとなるとそもそも見たり触ったりする機会が少ないので、その音色も含めて「珍しい存在」といえる。そんなわけで、ピアノの発表会にもかかわらず、弦楽器のデュオの伴奏を仰せつかったわたしは、それ以来「ヴィオラ」という楽器に敏感になっていたのである。

 

このような経緯もあって、ピアノ練習でスタジオを借りる際、楽器ケースを背負った生徒さんとすれ違うたびに、その楽器が何なのかをチェックするようになった。

(あれは弦楽器っぽいが・・サイズ的にヴァイオリンか)

ちなみに、ヴィオラはヴァイオリンよりも一回り大きいサイズで、ヴァイオリンにはない豊かな低音域が特徴。そのため、楽器ケースもヴァイオリンよりもやや大きくて、かといって管楽器ほどビッグではない微妙なサイズ感なのだ。

(われわれ鉄砲撃ちからすると、散弾銃を収納するケースによく似ているので、場所が場所なら「クレー射撃やってるんですか?」と、尋ねるであろうサイズ感ともいえる)

 

前置きが長くなったが、このような流れからわたしは「もしかすると、あれはヴィオラなんじゃ?」と睨んでいたところ、案の定「ヴィオラです」と彼女は答えたのだ。

たまたまヴィオラの伴奏を頼まれたわたしが、月に数回のレッスン後にたまたま立ち寄った珈琲店で、これまたたまたま初来店したお客さんが、たまたまヴィオラを背負っていた——こんな偶然の集大成があるだろうか!!

しかも彼女は、明日、大事なオーディオを控えており、その練習のために会社を早退したことで初来店が叶った模様。つまり、今日このタイミングでなければわたしたちが出会うことはなかったのだ。

 

あっという間に意気投合した我々が、ヴィオラとピアノの音楽談義に花を咲かせている最中(さなか)、実際に「ヴィオラの楽譜」を見せてもらうことになった。

(ピアノのように両手で音を出す楽器ではないから、単音の楽譜なのだろう。だが、音域的にト音記号とヘ音記号の中間くらいがメインだろうから、果たしてどのような記譜がされているのか——)

 

するとそこには、普段から見慣れているト音記号でもヘ音記号でもない、美しくも不思議な模様が描かれているではないか。

あぁ、これがかの有名な「ハ音記号」ってやつか!!

 

生まれて初めて目にした・・というと嘘になるが、五線譜の左端にしゃれた「門扉」のような記号がある楽譜を見たことがある。だが、なぜト音記号もヘ音記号も記されていないのか、わたしには理解できなかった。

そんな小さな疑問が今日、まさかの出会いで解消されたのだ。この「バロック形式の門扉のようなマーク」はハ音記号——すなわち、五線譜の真ん中がハ音(ドの音)であるのを示す記号だったのだ。

 

我々のようなト音記号に慣れた者からすると、ハ音記号の楽譜に記されたドの音は「シ」に当たるため、そのまま音にすると半音ズレる。つまり、この楽譜がハ音記号であることを知らなければ、確実におかしな曲になるわけだ。

言うまでもないが、わたしがヴィオラを演奏する日は来ない。だが、知らないことを知った喜びというか知識を得た充実感は、なんともかけがえのない財産といえる——あぁ、これがハ音記号というやつか(ウットリ)!!

 

そんなこんなで、話題が「練習環境」へと派生したところ、

「スタインウェイ(ピアノ)でないと合わせられない、といわれるケースもあって、そうなると弦楽器も入れる広さが必要になるので、スタジオ探しが大変で・・」

というので、わたしが本番前に利用している表参道のスタジオを紹介したところ、なんと・・・そこのオーナーがヴィオラ弾き(そういえばそうだった)で、過去に彼女と共演したことがあるという、まさかの繋がりがあったのだ!!

 

(こんなところでも繋がっていくなんて、世間はほんとうに狭い・・)

 

 

もしも、ピアノの発表会でビオラとチェロの伴奏を頼まれなければ、わたしが「ヴィオラ」という楽器に興味を示すことはなかっただろう。

また、ヴィオラ弾きの彼女の首筋にアザというか摩擦痕があったが、あれを見て「カラーチョークの絞め痕かな・・」などと思うのは、わたしが柔術をやっているからだろう。

 

なんとも奇妙で不思議な出会いなのであった。