五体微満足

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満身創痍(まんしんそうい)――。

今のわたしを表す最も適切な表現がこれだ。頚椎ヘルニアによる左手の痺れ、右足中指剥離骨折、右手親指重度の突き指という三重苦を抱えているのだから、満身創痍で間違いないだろう。

 

この状態で何をするのが難しいかというと、柔術の練習でもなければ、長時間パソコンに向かうことでもなければ、駆け込み乗車をすることでもない。三重苦が最も影響をおよぼす行為は「ピアノ」だった。

 

 

本日はピアノレッスンの日。わたしは、指がどんな状態でもピアノが弾ける。骨が折れていようが、靭帯が切れていようが、どうにかして弾くことができる。むしろこれがわたしの特技といえるかもしれない。

2週間前のスパーリングで、右手親指を派手に突いた。思った以上に怪我の程度が重く、いまだにペットボトルのフタを開けられないほど。だがとりあえず先週よりはよくなっている気がするので、もう少し様子をみてみよう。

 

そしてこの状況でも、わたしは親指を使わずにピアノを弾くことができる。はじめのうちは、親指から手の甲、手のひらまでをガムテープでグルグル巻きにして弾いていたが、そうなると当たり前だが「速いパッセージ(動き)」には対応できない。そこでガムテープをはがし、激痛覚悟で弾いてみた。もちろん親指は痛いので、鍵盤を押すというよりは触れる程度の動きしかできない。それでも親指がないよりはマシなわけで、そっと鍵盤に触れるという動きを繰り返した。

するとそのうち「この角度ならば痛くない」という親指の着地点が見つかるようになった。ほぼ無意識だが、本能的に痛い部分を使わずに打鍵することを、体が勝手に選択したのだろう。

 

こうしてわたしは、スマホも握れない右手を駆使してピアノの練習をした。

 

右手はこのような状態だが左手は?というと、頸椎ヘルニアの影響で痺れている。「左手までそんなことになってるの?」という声が聞こえてきそうだが、満身創痍なのだから当然だ。

しかし左手の痺れによってピアノの演奏に影響が出るかというと、じつは大した影響はなかった。なんとなく指の動きが鈍い気がするが、言い訳としては使えなさそうな程度。

 

とりあえず両手の機能が不完全なまま、レッスン当日を迎えようとしていた。

 

 

いざ先生の前で、練習の成果を披露するときがきた。自宅で練習する際は面倒くさいのでペダルは使わない主義だが、レッスンともなればさすがにそうもいかない。椅子の高さを調節し、ペダルとの位置関係を確認する。

そして早速、シューベルトの即興曲を弾き始めた。元から上手く弾けないので、レッスンでもいつも通り上手く弾けないのだが、そんなことはまったく気にならない。ミスタッチを繰り返しながら、えっちらおっちら弾き進める。すると突然、まさかの絶叫ポイントがやってきた。

 

ギャー!!

 

わたしも驚いたが、先生はもっと驚いて椅子から転げ落ちそうになる。

「ど、どうしたの??」

斜めになりながら先生が尋ねる。そう、わたしはピアノを弾きながら急に叫んだのだ。

「うぅ・・・」

痛みを堪えて硬直する。10秒、いや20秒ほど経った頃、ようやく顔を上げて言葉を発することができた。

「右足の中指、ヒビが入っているのを忘れていました・・」

あぁそうだった。わたしは三重苦に襲われていたのだ。右手親指、左手全体、そして右足の中指を負傷していることを、すっかり忘れて思いっきりペダルを踏んだのだ。しかも裸足で金属のペダルをテンポよく踏んだため、想像以上の激痛が足の裏全体に走った。

 

――まさかピアノを弾くことで、いま抱えている怪我をすべて満喫することになるとは。

 

とりあえず、ペダルは踵(かかと)で踏むことにしよう。

 

サムネイル by 希鳳

 

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