私は、この家のエアコンである。

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私は、この家で働き始めて2年の"若手エース"を自負するエアコンだ。この2年間、ほぼ毎日働かされており、若いとはいえ疲労困憊である。

この家はおかしなつくりをしており、我々エアコンからすれば"広いワンルーム"に近い間取りだが、実際には"1DK"で公開している。その実態は、パーテーションで仕切るか仕切らないか・・の違いでしかないという、なんとも残念で見栄っ張りな作りなのだ

そんな"自称1DK"に、我々エアコン2基が設置されているのだ。

 

ちなみに私は、部屋の奥に据え付けられているため、必然的に稼働率が高くなる。

(そう、必然的にエースポジションを任されたのだ)

夏場の今など24時間フル稼働で、冬場も同じくフル稼働だが、その他の季節も結果的にフル稼働させられることになった。——その原因は、ピアノだ。

 

家主が突如ピアノを購入した。我々シロウトには分からないが、その新人(ピアノ)はピカピカと黒光りしており、見るからに高級そうな風貌をしている。

ところが新人は「湿気」が苦手らしく、梅雨どきなどイライラが止まらない。そこで、我々が乾燥した空気を送り出し、新人のイライラを静めてやるのだ。

 

ところが、我々だけでは心もとないのか、家主は新人のために除湿器まで稼働させ、万全の体制で湿気と戦う覚悟をみせた。その結果、冬は寒いからエアコン、春(梅雨シーズン)は湿度が高いからエアコン、夏は暑いからエアコンと、3シーズンにわたって我々を酷使することとなったのだ。

しかし、残暑が厳しい昨今では10月頃まで冷房を使うようになった。そうなると、11月はそろそろ暖房となり、結果的に一年を通して我々は稼働させられることとなったのだ。

 

——働き方改革だの働き方の多様性だのと騒がれているが、そんなものどこ吹く風で、我々は超長時間かつ過重労働を強いられているわけだ。

(まぁ、人間じゃないので、どうってことないのだが)

 

 

もう1基のエアコン・・すなわち私のパートナーは、おかしな場所に据え付けられている。なんせ、パートナーの送風口の先はベランダなのだ。

(ベランダに向かって風を送り出すとは、なんと無駄で無意味な行為だろうか)

言うまでもなく、まったく有効な場所に設置されていないパートナーは、真夏と真冬のみ稼働させられているので、ちょっと羨ましいわけだが・・。

 

 

そういえば、我々は専用の小部屋に格納されているため、せっかく発生させた「風」が小部屋の床を直撃するのだ。どういうことかというと、エアコンの送風口は斜め下方に配置されており、そこから風が送り出される作りとなっている。そして「ルーバー」と呼ばれる風の向きを操作する板が付いているため、上下左右の風向調整ができるわけだが、下方は小部屋の床を直撃するため、せっかくの風が殺されるのだ

さらに、我々は天井ギリギリに作られた小部屋に閉じ込められているため、我々が吐き出せる風は、ほぼ天井と並行にしか進まない。そしてこの家は、無駄に天井が高い。よって、高い天井から並行に吹き出した風は、下界へはあまり下りない。

 

我々にとってこの部屋は広いワンルームに分類される。そんな広いワンルームに高い天井、これに加えて壁がコンクリートの打ちっぱなしで出来ていることが、悪条件にとどめを刺した。

そう・・夏クソ暑く、冬クソ寒い部屋——。

そんな最悪な居住環境が成立してしまったのだ。

 

さらに、コンクリートは湿気を逃がさないことから、昨年の夏に恐ろしい現象が起きた。

この家は、全ての窓にカーテンではなくブラインドが取り付けられている。そしてブラインドを開けたところで、目の前は隣のマンションなので、結果的にブラインドは閉めっぱなしとなる。

外気温は40度の猛暑のため、室内を冷やすべく18度強風で我々はフル稼働し続けた。とにかく頑張って室内の空気を冷やしたのだ。——その結果、外気と内気の激しい温度差により、全ての窓が結露した。

 

しかし、めったにブラインドなど開けないため、家主は結露に気付かない。そんなある日、ふと家主がブラインドを開けたのだ。するとそこには、見るもおぞましい一面まっくろのカビの世界が広がっていたのである。——そう、大結露により大量のカビが発生したのだ。

発狂した家主は、驚き、叫び、怒り狂っていた。そしてマンションの管理会社ではなく、警察に電話しようとしていたのはさすがに滑稽だった。

(家主なりには事件だったのかもしれない)

 

 

夏は夏で大変だが、冬も冬で大変。なぜなら、外は寒いが室内も同じくらい寒いのだから——。その理由は、言うまでもなくコンクリートのせいだ。

コンクリートには温度を吸収する性質があるらしく、夏は熱を取り込み冬は寒さを逃がさない。よって、我々ごとき弱小エアコンが頑張ったところで、コンクリートの前では無力なのだ。

 

このような事情から、2基のエアコンを30度強風に設定しているにもかかわらず、ユニクロのウルトラライトダウンジャケットを羽織って、家主は仕事に励むのであった。

(・・・哀れだ)

 

 

とある春の日のこと、外の空気が朗らかな匂いを運んでくれる季節に、家主はベランダの窓を開けて外気を取り込んでいた。この期間は、我々もほっと一息つける嬉しい季節である。

・・と思っていたら、下の階の住人がベランダでタバコを吸い始め、その臭いが室内に入ってきたのだ。私は咄嗟に「これはマズい!」と感じたが、時すでに遅し——。家主はベランダへ行き、下の階に向かって大声で叫んだ。

ベランダでタバコ吸ってんじゃねーよ!タバコのニオイが部屋ん中まで入ってくんだろ、カスが!!!」

散々暴言を吐いた家主は、窓を思いっきり閉めてエアコンを全開にした。

(・・下の階のヒトも、哀れだ)

 

 

というような感じで、私がこの家に来て2年が経つが、自由奔放で若干アタマのおかしい家主のおかげで、自慢じゃないが"不稼働率ゼロ"が続いている。ちなみに、家主が家を空けるときも我々は稼働を続けてている。その理由は"電気代の節約"のためだ。

「エアコンは、設定温度にするまでが最も電気代が発生する」という情報を得た家主は、「ならば電気代の節約のためにも、エアコンをつけっぱなしにしよう」となったのだ。

かといって、24時間365日フル稼働にしていたら、電気代の節約にはならないと思うのだが、まぁ払うのは家主なので放っておこう。

 

 

そして今日も・・というか今現在も、部屋を快適にするため、また、家主の機嫌を損なわないため、我々は全力で稼働を続けている。その結果、一般的なエアコンたちよりも寿命は短いかもしれないが、こんな人生(機械生?)だからこそ、フル稼働で駆け抜けてやろう・・と思ったりするのである。

 

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