目の裏側、網膜探査は人力

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わたしは定期的に「眼底検査」を受けている。

網膜の状態を調べるのが眼底検査だが、もしも網膜に穴があいていたり、破れていたりしたら大変なことになるため、とても重要な検査である。

 

網膜というのは目の裏側にあるため、どんなに瞳を覗き込んでも、その状態を知ることはできない。

そして目に興味のない人は、同じ「膜」という漢字が使われている「角膜」と混同しがちだが、網膜と角膜には決定的な違いがある。

それは、角膜は再生したり移植が可能だったりするが、網膜はそれらができないことだ。

 

とはいえ、見え方に異変がなければ極度の心配は不要。注意すべきは、水に墨を垂らしたような模様が現れたり、黒いミジンコ、髪の毛、ホコリのようなものが急に見え始めた時だ。

この場合、確実に網膜に異変が起きているので、すぐさま眼科を受診してもらいたい。

 

一日でも、いや、一時間でも早く網膜の状態を確認し、しかるべき処置をとることで失明は免れる。

大袈裟に聞こえるかもしれないが、現代の医学で治療することのできない症状の一つが「網膜剥離などによる失明」であり、剥離や裂孔した網膜は二度と元には戻らないのだから、大袈裟でも構わないとわたしは思っている。

 

そして、このような大事(おおごと)に関する検査ならば、どれほど高級で立派な機器を使うのか気になるだろう。

これがなんと、ハンディライトとルーペ、そして眼科医だけで検査ができてしまうのだ。

 

ハンディライトは、正確には「単眼倒像鏡(たんがんとうぞうきょう)」というもので、強い光が狭い範囲で発せられる器具。

そしてルーペは「倒像レンズ」と呼ばれるもので、これにより眼底を4倍ほどに拡大することができる。

 

これらの簡単な器具を使い、散瞳薬によりガッツリと開かれた瞳孔を通して、眼底(目の裏側)の様子をチェックするのである。

 

真っ昼間に瞳孔が開いている人間といえば、眼底検査や網膜の手術のために散瞳している患者か、LSDなどの幻覚剤を使用している人間くらいだろう。

つまり、通常の人間ならば明るさに応じて縮瞳するため、真っ昼間に瞳孔が開いていることなどありえない。だが、散瞳薬で強制的に瞳孔を開かれた状態では、どんなに眩しい光を当てられても、自力で収縮することができずに悶え苦しむこととなる。

それでも、1ミリにも満たない小さな穴を見つけるためには、この苦痛に耐えなければならないのだ。

 

わたしくらいの「散瞳のプロ」になると、ものの5分で御開帳となる。他にも、眼圧測定器から吹き出る「風」にもビビることなく、カッと目を見開いたまま空気圧を受け止めることができる。

自慢じゃないが、目の検査に関しては相当なキャリアを持っているわけだ。

 

しかし言っちゃ悪いが、こんなおもちゃのような器具で、網膜の状態を見逃すことなく確認できるのだろうか。ある種、眼科医の腕や経験によるのではなかろうか――。

 

「大学病院の頃、患者さんの網膜がうまく見えないって焦る先生もいたよ」

 

やっぱり!・・・倒像鏡というのは、上下左右が逆に写る。しかも、カメラのようにオートフォーカスとはいかないことから、ピントを合わせるのに苦労するのだそう。

そのため、それらの特性を把握するのに時間がかかるのだ。

 

「もちろん、最初は入院の患者さんとかで経験を積むんだけど、それでも不安な人は同僚の目を借りて練習したりね」

 

この話を聞いて、他人事ながらも「医者という職業は、本当に大変なんだな」と思った。

なぜなら、患者は実験台ではないゆえに、原則として失敗は許されない。とはいえ、生身の人間で練習するには限りがある。

 

若い眼科医は、倒像鏡を通して見えた網膜を手描きでスケッチし、先輩医師らのスケッチと照合することで答え合わせをする。

そしていつしか「見えるようになった!」と、胸を張れる日が来るのだ。

 

医療過誤は後を絶たないが、恣意的な事故は論外として、医師も人間である以上失敗はつきもの。

もちろん、「誠心誠意対処しての失敗ならば、仕方ない」とは言わない。だが、彼ら彼女らなりに影の努力を積んでいることも、知っておかなければならないだろう。

 

 

こうして、暗闇にいる猫のように瞳孔をパックリと開いたわたしは、スマホに届いたメッセージが読めなかった。

ある程度の文章になっていれば、読める文字を拾うことでおおよそイメージができる。だが、単語一つで送られてきたメッセージは非常に難しい。

 

(なんて読むんだ・・・)

 

漢字二文字とクエスチョンマーク。この二文字は、いったい何なんだろう。

ごちゃごちゃした漢字が二つならんでおり、イメージとしては「軋轢」とか「横暴」のように見える。

しかしこれでは意味がわからない。

 

・・・この返信ができるようになるまで、もうしばらく既読スルーさせてもらおう。

 

Illustrated by 希鳳

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