カピバラを求めて・・熊本編

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熊本市といえば「熊本市動植物園」ということで、レンタカーのパネルに表示された"外気温41度"という殺人級の酷暑の中、わたしはカピバラに会いに行ってきた。

関東近辺ならば、ちょっと頑張ればいつでも足を運ぶことができるが、九州となるとわざわざそのためだけに行くのは勇気がいる。そんな悩ましい状況下で、奇遇にも熊本を訪れる用事ができたのだ。正直なところ、個人的には本来の目的よりもカピバラが優先されていたが、そんなことは誰にも漏らすことなく一人密かにカピバラの元へと向かったのである。

 

熊本市動植物園は、市内中心部からそう遠くはない「江津(えづ)湖」のほとりに位置し、園内の総面積24.5ヘクタール、展示されている動物は約120種・600頭、植物は約800種・5万点を誇る。おまけに、観覧車やメリーゴーランドなど10種類の遊戯具がある「遊園地ゾーン」が併設されているため、動植物の生態を観察しつつ遊園地で遊ぶこともできるのだ。

それなのに入園料が大人500円、小・中学生100円というお手頃価格(遊戯具利用の際は、別途200円を支払う必要あり)ゆえに、わたしが熊本市に住んでいたならば、スタバをセーブしてでも毎日通ってしまうであろう夢の国といえる。

 

というわけで、電子マネーにて入園料を支払うと一目散にカピバラの展示場へとダッシュした。正面口から左へ向かって進むと、樹木が鬱蒼と生い茂るジャングルが現れ、そこにはカピバラとペンギン、そしてニホンザルという三種類の動物で構成されたエリアがあった。

この時点で時刻は午後4時を回っており、暑さのせいもあってか園内は閑散としている。そのため、カピバラの展示場はわたし一人しかおらず、完全独占状態という貴重な権利を勝ち取ったのである。

 

ところが、肝心のカピバラが二頭しかいない。たしか七頭いるはずだが——。すると、「ほかの子たちは16時で中に入っちゃって、この二頭だけが居残り組なんです」と、飼育員の女性が教えてくれた。

——なるほど、動物たちの種の保存や研究調査、そして自然の素晴らしさや命の尊さを学ぶ場所である動物園ゆえに、動物たちの体調管理を優先するのは当然のこと。ニンゲンごときのために、無理矢理展示するなどもってのほかだ。うんうん、これでいい。

 

カピバラ・ファーストを尊重する園の方針に感心しながら、わたしは居残り組二頭をフェンス越しに眺めた。あのなんともいえない丸っこいフォルム、あれこそがカピバラの象徴である。あぁ、なんと美しくも気怠い見た目なんだ!そしてあの目つき、チラッとこちらを見ているような無視しているような、どっちにもとれるポーカーフェイスがニンゲンのハートをくすぐるわけで。

目の前にいる二頭は、今年8歳を迎える「さっこ」と4歳の「ずぅ」という、メスの個体。さっこの後ろをずぅがウロウロとついてまわる(多分)・・そんな愛らしい光景が、殺伐としたわたしの心を癒してくれた。

(この暑さの中、あんなに歩き回ってくれるとは、きっとわたしへのサービスなんだな)

ニンゲンのように忖度などしない動物たちは、純粋に"今の感覚"で行動する。だからこそ、その素直な感情を勝手に慮ることで、ほっこりとした気持ちに浸れるのが、動物園のいいところ。あぁ、はるばる熊本までやって来て、よかったな——。

 

だがしばらくすると、わたしの目の前をウロウロする行動が、わたしへのサービスなどではないことに気がついた・・・そう、彼女たちは早く帰りたかったのだ。

 

飼育員の姿が見えると、「今度こそ!」とばかりに出入口のほうへ向かい、金属製のドアをガシガシと揺さぶる二人。だがわたしがここにいることで、彼女らは舎内へは下がれない。・・そういえばさっきから、「なんとなく飼育員と目が合うな」と思っていたのは、わたしの様子をうかがっていたからなのか!

であれば"さっこ"と"ずぅ"にとって、わたしは憎き存在ということになる。わたしさえいなければ、彼女らはさっさと舎内へずらかることができたのに、わたしがここで仁王立ちしている限りは、それが叶わないのだから。

 

カピバラ・ファーストを推奨するわたしは悩んだ。頭頂部からダラダラと流れ出る汗で目が沁みるのも我慢して、熱い視線をカピバラへと送り続けた行為が、実は彼女たちを苛立たせていたのかと思うと、複雑な気持ちになる。

(ぬぅ・・ここは彼女たちのためにも、わたしが引き下がるべきか)

そんな苦渋の決断を下そうか迷っていたところ、ついに痺れをきらせた飼育員が声をかけてきた。

「もうそろそろ、中へ入れますね」

時刻は午後四時半。閉園まであと30分あるが、カピバラが消えた今となっては、わたしにとってここにいる理由はない。帰るとするか——。

 

 

こうして、たったの30分でカピバラの元を去ることとなったが、動物優先の徹底は当たり前なので、むしろ少しの間だけでも直に見ることができてラッキーだった。おまけに、池というかプールというか、水の中を泳ぐサービスまで披露してもらったわけで、わたしとしては大満足。

さらに、常日頃から続けてきた啓蒙活動の成果が出たことに、思わずニヤリとした。どんな成果かというと、友人からこんなメッセージが届いたことだった。

 

「今さらだけど、カピ『パラ』じゃなくてカピ『バラ』なんだね」

 

・・そう、これこそが素人ならではのよくある間違いなのだ。

カピバラは「カピパラ」や「カビパラ」など、ちょっと惜しい読み間違いをされることが多いが、これらを防止する妙案があるので伝授しておこう。それは"ローマ字で書くと"だ。

カビパラはCapybaraという綴りになるので、これを見れば間違いなく「ピ」と「バ」を区別することができる。というわけで、今後はローマ字でもカピバラを覚えてもらえると嬉しいのである。

 

何はともあれ、わたしの「日本全国カピバラ巡りの旅」は、炎天下で全身汗だくになりながらフィナーレを迎えたのであった。

 

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