「お酢ってだいじょうぶ?」
友人からメッセージが届いたのは一か月前のこと。正直、お酢は好きではない。まぁ、文字を見ただけで口の奥から唾液が込み上げてくる感覚は悪くはないが、味として好きかどうかと聞かれれば、別に好きではない。
「フルーツのピクルスなんだけど」
これは困った。フルーツは大好きだがピクルスはさほど好きではない。ハンバーガーに挟まっているキュウリのピクルスなど、取り除きはしないがわざわざ置かなくてもいいんじゃないかと思う派である。とくに、やたら酸っぱいやつは好きではない。むせそうになるあの感覚は、苛立ちすら覚える。
だが、友人がせっかくこのような打診をしてくれているということは、間違いなくわたしにそれを食べさせたいのだろう。そして友人はわたしの好みを事細かに把握しているゆえ、間違った食べ物を送ってくることはない。これは友人の舌を信じるしかない――。
「うん(好きだよ)」
さすがに、好きではないので好きとは書けなかったが、ハッキリ「うん」と答えた。これにより友人は、フルーツピクルスの手配を開始したと思われる。
*
一週間後、フルーツピクルスとやらが届いた。個人で作っていると聞いたので大した期待はしていなかったが、手書きのメッセージカードとともにギフト用の真っ赤な箱に詰められた、3種類のフルーツピクルスが鎮座している。
(おぉ!これはピクルスなのか?フルーツポンチに見える)
ピクルスと聞くとどうしても野菜のイメージが強い。だがこれは、色鮮やかなイチゴやキウイ、みかん、パイン、洋ナシ、柿など、さまざまな季節のフルーツが仕込んである。
まずは目を引くイチゴをいただく。瓶のフタを開けると、かすかに酢の匂いとフルーツの甘味が漂う。イチゴを箸で引っ張り出すと、酢が垂れないうちにパクっと口へと放り込む。
(ん!全然すっぱくない!)
ピクルスという名称に若干ビビっていたわたしだが、想像していたピクルスよりもかなりマイルドで酢の刺激はまったくと言っていいほど感じない。友人のおすすめはヨーグルトとあえる食べ方らしいが、そんなもったいないことはできない。素材をそのまま、余すところなく食べきってやらねば――。
イチゴだけでなく、届いたすべてのフルーツをつまみ上げて胃袋へ流し込むと、瓶に残るは酢のシロップ。何かで割って飲むのがよさそうだが。――そうだ!お湯だ。猫舌のわたしは、ぬるい湯を飲むのが日課。体温を上げることで免疫の防御力をサポートすべく、毎日大量のぬるま湯を飲んでいる。アレにこの酢を混ぜてみよう。
これはもはや酢というよりはシロップ。そのまま飲んでもむせることなく味わえる。だがあまりにもったいないので、ここは湯で割るのが大人のたしなみというやつだろう。
――ズズズ
(うぅん、なんとも贅沢で美味な飲み物よ)
猫舌のわたしは人一倍長い時間をかけて、このホットドリンクを味わうことができる。このとき、生まれて初めて猫舌であることを誇らしく思ったのであった。
*
「フルーツが嫌いな人ってなかなかいないので。それをピクルスにしたら、さらに美味しいと思ったんです」
フルーツピクルスを作っている、FRULES(フルルス)のユウタさんの言葉だ。ユウタさんの本業はハンバーガーショップ。だがコロナ禍で飲食店が営業できないなど、農作物が市場に出ることなく廃棄を余儀なくされたり、格安でネット販売されたりする現実を知り、なにか打開策がないかと考えたのだそう。
「最初は、メルカリで農家さんからフルーツを仕入れて、ピクルスを作ってはインスタで紹介していました。そのうち、インスタをやっている農家さんとはDMで直接やりとりするようになり、『ウチのフルーツも使ってほしい!』という声も増えてきて、今にいたります」
たしかにインスタは画像や動画メインのSNSゆえ、商品が映えるものは流し見程度でも美しくて気分がいい。そこへきてフルーツピクルスは、最高の「映(バ)え方」を提供してくれる。みずみずしいフルーツたちが酢のシロップの中でキラキラと輝く姿は、いつどこでどう撮影しても美しく写る。
「人手が足りなくて農作物の加工ができない農家さんは、野菜や果物を廃棄するしかない現状。メルカリなどでフルーツを販売したとしても、手数料が高いので利益は出ません。そこで僕と農家さんが連携し、さらにお客さんが喜んでくれる商品は何かを考えた末に、フルーツピクルスを思いつきました」
これまでもハンバーガーの具材としてピクルスを作ってきたユウタさん。その経験を生かしてフルーツピクルスという新しい商品を思いついたのだそう。しかもピクルスならばフルーツをカットして作るため、大きさや形が不揃いであっても問題はない。むしろ味が美味しければ勝負できるという強みもある。
「売れ残った果物がダメなわけじゃありません。加工の仕方によっては、こんな素晴らしい商品に化けたりもするので。なので農家さんが困っている部分を僕がお手伝いして、それをインスタを通じてお客さんへ繋げる。最後にフルーツピクルスを受け取ったお客さんが喜んでくれたら、それこそが僕のやりたいことですね」
文字でのやり取りなのでユウタさんの顔は見えないが、間違いなくニヤけているだろう。採算度外視のフルーツピクルス、少なくともわたしが知る限りでは、これを手にして喜ばない人はいない。
ゼロ・ウェイストの観点からも、持続可能な社会づくりを達成するためにも、そして何より、人間がリアルな食の美味さと笑顔を維持するためにも、FRULES(フルルス)のフルーツピクルスを多くの人に味わってもらいたいものだ。
Photo by KEIKO
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