レギュラー・クリスマス

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日頃から冗談を連発する様子もなく、どちらかというと人々から尊敬のまなざしを向けられる友人が、とある話の最後にこう言った。

「メリークリスマス」

この一言で、わたしは今日がクリスマスイブであることに気がついた。あぁ、今日はそんな日だったか――。

 

よく、「俺はクリスチャンじゃないから」とか「日本人は正月を祝えばいいんだ」とか、屁理屈のようなつまらない自論を主張する男がいるが、この手のタイプはまずモテない。くだらなさもひっくるめて、茶番に付き合えるほどの余裕がなければ、女にモテることなどありえないからだ。

そもそも、女子が全員クリスチャンだと思うか?プレゼントを買ったりケーキを食べたりすることが、業界の戦略などという単純なくくりで片付けられることだと思っているのか?

――いいじゃないか、そのくだらないイベントに乗ってあげれば。

 

とはいえ、大騒ぎが付随するイベントは個人的には苦手だ。たとえばハロウィン。子どもたちのイベントとしてはアリだと思うが、大のオトナがこぞって仮装して渋谷に繰り出し大騒ぎをする姿は、虚無というか幼稚というか、なんとも哀れに思えて仕方ない。

だがクリスマスは、どちらかというと自宅で家族や恋人、友人らと楽しむイベント。もちろん、一人で音楽を聴きながら静かにケーキとシャンパンを嗜むのも悪くない。

 

いずれにせよ、くだらない屁理屈を並べるくらいなら「茶番に乗ってみる」という楽しみ方を知ったほうがいい。無宗教だろうが神の存在など信じなかろうが、そんなことはどうでもいい。適当にフワフワ乗っかってあげるだけで、誰かとの関係性がうまくいくのならば、バカみたいな茶番でも演じられるほうがよっぽど賢い。

つまり、わたしに「メリークリスマス」と言った友人はモテるに違いない。意外性のあるタイムリーでキラキラした一言を、サラッと挟める男がモテないはずはないのだから。

 

その後、残念ながら何の予定もないわたしは、柔術の練習をしに新宿へと向かった。道場のドアを開けると奥のほうから準備運動の声が聞こえる。

――今日もまた、安定の遅刻。

 

休憩スペースにあるテーブルの上に、なにやら見慣れないものが並べられている。近づいてみると、それはたくさんのフィナンシェだった。

新宿にはパティシエが在籍している。いや、正確には「パティシエが本業」だと思わせるほど、お菓子作りの上手な男性が所属しており、わたしは彼を「兄さん」と呼んでいる。なぜなら道着を着た我々のフォルムが、まるで兄弟のように似ているからだ。

その兄さんが、大量の手作りフィナンシェを待ってきてくれたのだ。一つ一つきちんと個装されており、裏側は小さな金色のシールでとめてある。美しいシャープな角度を維持するフィナンシェのかどっこ。見栄えのあるゴージャスな焼き目のコントラスト。あふれ出るバターの芳醇な香り――。早速、小さく一口味わってみる。表面のサクッとした歯ごたえ、バターの深みと濃厚さ、そしてしっとりとしたきめ細かなボディが、噛むたびに口の中でゆっくりととろける。

 

(あぁ、間違いなく兄さんのフィナンシェだ)

 

兄さんには本業があり、毎日忙しく仕事に勤しんでいる様子。その合間をぬって、クリスマスイブに道場の仲間たちへフィナンシェを焼いてきたのだ。

百貨店で売っているフィナンシェよりも、何倍も美味いフィナンシェを食べられる幸せ。そしてこの小さな洋菓子を手にした瞬間の、ちょっとした誇らしさ。フィナンシェを食べた誰もが顔をほころばせ、たったこれだけのことでもクリスマスに感謝しなければならない、と感じさせられるのだった。

 

そしてわたしはクリスマスイブに新宿を訪れるという、偶然ながらも超ラッキーな行動をとった自分を褒めたい。新宿へ出稽古に来たからこそ、兄さんのフィナンシェを手に入れることができたのだから!

――あぁ、このラッキーこそが今年のクリスマスプレゼントなんだろう。

 

サムネイル by 希鳳

 

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