リアルに知っている人間がニュースに取り上げられることは珍しい。
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友人からURLが送られてきた。クリックするとヤフーニュース。
「年金なし、貯金なし、後悔なし!71歳ギャンブラーのがけっぷち人生『俺が死んだら、ただ焼いてくれ』」
元記事は「弁護士ドットコムニュース」からだった。山田準というライターが執筆している。
ギャンブルで身を滅ぼしたクズ老人として、吉川秀夫(仮名)が登場するが、この人はかつてわたしが「じっちゃん」と慕っていた人物だ。
仮名具合がほぼ本名であること、使われている画像も紛れもなく本人であること、そして多少盛っているが記事内容も間違いなく本人について書かれている。
ギャンブル狂のじっちゃんは、競輪の車券を買うために新橋にある「ラ・ピスタ新橋」へと通った。会員制の場外車券売り場のため、会員以外は入れない場所だが、なぜかじっちゃんは会員ではなかった(会員になれなかったのかも)。
そこで毎度、わたしの会員証を使ってラ・ピスタへ出入りしていた。
もちろんわたしが使いっぱしりとして、じっちゃん含む他の記者たちの車券を買いにいくことがほとんどだが、わたしが忙しいときや面倒くさいときは、じっちゃんがコソコソと新橋へ向かった。
じっちゃんが書かれた記事を5回ほど読み返す。
なんとか反論したいが、あまりにも事実しか綴られておらず、ぐうの音も出ない。
だが仮名とはいえ、そして社会問題を提起する記事とはいえ、じっちゃんにとって絶対に外してはならない「事実」が、スッポリ抜け落ちていることが許せない。
それは「金太郎」のこと。
金太郎はじっちゃんが飼っていた犬だ。日本犬の血統だが、見るからに雑種で見栄えのしない中型犬。
結婚をせず子供もいないじっちゃんは、金太郎のことを息子のようにかわいがり大切にしていた。むしろ「おれの息子だ」と自慢していた。
あの当時からすでに「おじさん」よりは「おじいさん」の域に足を突っ込んでいたじっちゃんは、社内でも現場でも記者たちから大切に扱われていた。
滅多に勝てないくせにあらゆるギャンブルに金を突っ込み、たまに勝ったら気前よくコーヒーやお菓子をふるまう。しまいには、
「いいから次の勝負に回せよ」
と、なけなしの勝ち分を周囲の記者から財布に戻される始末。いいところを見せようとしても阻止される、そんなじっちゃんだ。
だが金太郎のこととなると父親そのものだった。
毎日の散歩は欠かさず、美味いものは自分ではなく金太郎に食べさせる。金に余裕があるわけでもないのに、真夏は24時間エアコン全開で金太郎を暑さから守る。
金太郎の調子が悪くなるとじっちゃんの調子も悪くなるほど、二人は相思相愛だった。
じっちゃんのギャンブラー人生にくらべれば金太郎との親子生活は短かった。だが、金太郎がいたからこそじっちゃんのギャンブル熱にも力が入ったといえる。
ガラケーの待ち受け画面でちょこんと座る金太郎が、
「あまり無理すんなよ」
と、いつも優しく見守っていた。
月日が過ぎ、金太郎が天に召される時がきた。
みるみる痩せこけ、食欲もめっきりなくなった金太郎。そんな息子のためにじっちゃんは、極上の肉を買って帰ると自らの口でちぎって食べさせた。
社内の人間が心配したのは、金太郎よりもじっちゃん本人のことだ。あれほどまでにかわいがっていた金太郎が死んでしまったら、じっちゃん自身も危ないんじゃないかーー。
にわかに冗談では済まされない空気が漂う。
「今のうちに子犬をプレゼントしよう」
某記者が提案する。われわれもそれに賛成した。
しかし当の本人が頑なに拒む。
「息子は金太郎ひとりで十分だ」
その言葉には重みがあった。それほどまでにじっちゃんは金太郎を「息子」として愛し、苦楽を共にしてきたのだ。
ほどなくして、愛息・金太郎が亡くなった。
心なしか寂しげな表情のじっちゃんだが、われわれの前で涙を流すこともなく、どちらかというと飄々(ひょうひょう)と仕事をこなしていた。
そんな姿に、逆に胸が痛んだーー。
*
記事の最後、「協力ライター募集中」という文字が目に留まる。山田準なる人物が誰なのか、じっちゃんとどのような繋がりがあるのか、ちょいと知りたい衝動に駆られたわたしは早速、エントリ―フォームを埋め始めた。
しかし本日、「残念ながら採用は見送らせていただきます」のオートリプライが届く。
仮に今回と同じ記事をわたしが書くとすれば、じっちゃんは喜んで取材に応じてくれるだろう。
「わざとダメ人間として盛るからね」
などと断りを入れなくても、そのくらいのことは当然承知している人だ。
だが、わたしなら必ず金太郎をねじ込む。
そして桃太郎(仮名)として、二人の人生についても触れるだろう。そのくらい、「老後破産寸前の底辺ギャンブラー」を描く上で必要不可欠な「相棒」だったのだから。
Illustrated by 希鳳
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