モチとストーブと私

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わたしにとっての一大イベントである餅つき射撃大会が、成田射撃場で開催された。ほぼ年一シューターのわたしは、この日にしか射撃をしない。かつては一か月で3,000発を消費するほどのヘビ―シューターだったが、今はその面影すらない。そんなわたしが心待ちにしていた大会が、今年も無事に執り行われたのだ。

 

前日からソワソワしながら、モチが食べられることを楽しみにしていたわたし。しかし不覚にもかなりの寝坊をしてしまった。これもすべて、スクワットによる下半身の極度の筋肉痛のためだ。だがとにもかくにも射撃場へ向かうしかない。大急ぎで身支度を整えると射撃場へと向かった。

 

途中の過程は端折るが、今、わたしの目の前にはモチがいる。大きなボウルからあふれんばかりの巨体をこねられながら、大量のモチがこちらを見ている。艶やかな表面は照明を反射してキラキラと輝き、乾燥する時期にもかかわらずみずみずしい潤いに満ちたモチ。

あぁ、なんと美しいモチなんだ――。

まずはプレーンのモチをいただく。搗(つ)きたてのモチは味付けなどせずとも十分うまい。さっそく箸で掴むと、天井へ向かってびみょーんと持ち上げる。どこまでも永遠に伸びるかのような、強い粘り気を目の当たりにしたわたしは、思わず立ち上がるとさらに箸を天へと突き立てた。

素晴らしい粘り気だ。これぞモチの醍醐味――。

そして立ち上がったまま、モチの先端を口へと運ぶ。空気に触れた分、モチの体温は下がっているが、逆に歯ごたえが生まれて食べやすい。これぞモチの第二形態だ。さらに長く伸びたモチが垂れ下がらないように、両手で箸を片方ずつ持つとクルクル巻き始めた。ねりあめを練るかのように、細長く伸びたモチはみるみる箸に絡みとられていく。そしてしばらくすると、箸の先端には見事なモチアメが完成した。

うん、この歯ごたえもわるくない――。

 

一通りプレーンモチを楽しんだところで、次は味付けをしてみる。アンコが苦手なわたしは、必然的にきな粉とお雑煮の二択がデフォルト。まずはきな粉をチョンチョンしながら味わう。・・まぁ普通にきな粉モチだ。次にお雑煮のスープへモチを投入する。・・まぁ普通に雑煮だ。

可もなく不可もなく、むしろモチのポテンシャルが十分に発揮できていないかのような味付けに飽きてきた頃、友人が面白い見解を示した。

「年寄りはモチをそのまま食べるから、のどに詰まらせるんだよね」

どういうこと?

「雑煮や汁粉みたいに、汁と一緒に食べれば詰まらないのに」

言われてみるとその通りだ。きな粉や醤油でダイレクトにモチを食べると、モチ独自の粘り気が効いてのどに詰まる恐れがある。だが、雑煮や汁粉のような汁物と一緒に流し込めば、少なくとものどにへばりつくリスクは回避できる。

実際にこの理論を検証してみたが、間違いなく汁があるほうがサラッとのどを通過する。水や茶も同じだが、どうせならダシの効いた汁と一緒に味わうほうがいいわけで、だったら雑煮や汁粉がベストだろう。

「年寄りは雑煮や汁粉でモチを食べたら、不慮の事故は防げるんだよ」

得意げな表情で語る友人。だが毎年、雑煮や汁粉が原因で窒息事故が起きているので、やはりそれだけでは回避できそうにない。

 

そうこうするうちに穏やかな睡魔が忍び寄ってきた。見ると昔ながらの石油ストーブがある。そこには汁粉の鍋が乗っており、中ではプツプツと気泡が現れては消え現れては消え、なんともゆったりとした時間が流れている。アンコは嫌いだが、この空気感は嫌いじゃない。

そのうちうつらうつらと意識が遠のき、気づくと数時間が過ぎていた。

 

あぁ、冬場のモチとストーブの組み合わせは、まさに最強の幸せといえるだろう――。

 

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