水豚 vs 大猩猩 〜カピバラとゴリラの熱き戦い〜

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齧歯類(げっしるい)最大といえばカピバラ。

温厚な見た目によらず、じつは厳つく雄々しいのではないかと期待しながらの初対面。

 

その結果、土砂崩れの塊のごとく微動だにしない、単なる置き物だった。

 

カピバラよ、多少は反応してくれ。

 

 

一点を見つめる大きな黒い目。

馬の瞳と似ているが、あちらは輝きがありチャーミングだ。

 

カピバラの目はどこをみているのか不明で、とくに輝いてもいない。

死んでる、とまでは言わないが、キラキラしたみなぎる生命力のようなものは感じない。

 

でーんと地面にうずくまるカピバラ。

人間慣れしているからなのか、単に鈍い動物なのかわからないが、近づいても微動だにしない。

子どもが駆け寄っても無反応。

いったい誰ならば、ヤツを動揺させることができるのだろう。

 

霊長類最強と陰口をたたかれる私は、ゴリラと間違われる。

 

ゴリラとカピバラ、同じ哺乳類だ。

見た目や生活様式は異なるが、霊長類vs齧歯類という動物の垣根を超えたコミュニケーションが可能かもしれない。

 

カピバラは漢名を「水豚」と書き、南米アマゾン川流域を中心とした温暖な水辺に生息するネズミの一種。

ちなみにゴリラは「大猩猩」と書く。

たしかに見た目は、バカでかいネズミとブタを足して割ったような風貌だ。

 

体長は100センチ以上、体重も40キロ以上あり、大きい個体では60キロを超える。

捉えようのないシンプルな見た目と、積極的に動く気のないものぐさな様相を呈するカピバラ。

例えるなら、動かないブタにフサフサと毛が生えているイメージか。

決してイノシシとは違う。

 

ところが触ってみると意外や意外、毛が硬い。

まるで亀の子束子(タワシ)の手触りだ。

あのタワシを100個あつめたら、カピバラができる。

 

霊長類代表の私は、遠慮ぎみに彼の背中をポンポン触る。

ーー無反応

 

今度は頭のほうをポンポン。

ーーガン無視

 

垣根を越えたコミュニケーションを図るためにここへ来たわけだが、これでは私の一方通行になってしまう。

 

そうだ、ユマニチュードを実践してみよう。

 

「ユマニチュード」とは、体育学を専門とする二人のフランス人が開発したケア技法で、おもに介護の現場で使われている。

とくに認知症患者への対応方法として注目されるこの技法は4つの柱から成る。

 

見る、話す、触れる、立つという4つの柱。

このような行為はこれまでも当然に行われていたであろう。

 

しかし実際のケア映像を分析した結果、

「相手を尊重していることを伝える」

という目的においては、これらの行為が生かされていないことが分かった。

 

定量化されたコミュニケーションをもとにトレーニングを積むことで、ユマニチュードを習得できる。

残念ながらそのトレーニングを受けていない私だが、ここは気持ちで乗り切る場面だろう。

 

ーー相手を思いやり、大切にしている気持ちを伝えること

 

これこそがユマニチュードの目指すコミュニケーションの世界だ。

そのことを再認識し、あらためてカピバラと向かい合う。

 

彼の目を見つめながらそっと背中に手を当てる。

そして優しい口調で話しかける。

 

「立派なタワシのような毛だね」

 

「どこ見てるかわからない大きな目だね」

 

「人間てウザいよね」

 

カピバラと接しながら感じていることを、心を込めてつぶやいた。

 

ーーフルシカト

 

さすがに堪忍袋の緒が切れそうになった私は、カピバラに詰め寄った。

そして、頑なに無視を続けるカピバラを揺さぶりながら問い詰める。

 

「あたしのことキライなの?オイ!」

 

体重40キロのカピバラがゆさゆさと揺れる。

それでも目線をそらすことも、まばたきすることもなくじっとしている。

 

ふと視線を落とすと、ヤツの前足が立派なことに気が付いた。

指は4本しかないが、それぞれの指の間に水かきがついており、太くて立派な爪を備えている。

さすがに、これだけ怠慢な巨体をひるがえして攻撃してくることはないだろうが、この手で一撃をくらわされたらダメージは免れない。

 

ーー無言の最後通牒というわけか

 

格闘家のはしくれである私はそのことを悟り、つれないカピバラから離れる決意を固める。

 

ユマニチュードの基本ステップである「再会の約束」を耳元で告げ、彼の背中をポンポンと叩き、心の中でがっちりと握手を交わした。

 

私たちはもう他人じゃない。

 

 

遠くから湯気が見える。

 

近くへ行くとそこは温泉だった。

浸かっているのはもちろん、カピバラ。

 

ヤツらは汗腺を持っておらず、タワシの毛は水切れが良くすぐ乾くため湯冷めはしない。

 

「いつも思うんだけど、真冬に温泉なんか入れたら強烈に湯冷めして大変なことになるんじゃないかと」

 

テレビでカピバラを見るたびに、無駄な心配をしていたポール

自身の頭髪の散らかし具合を気にするポールは、全身フサフサ剛毛のカピバラをうらやましくも妬ましい存在と捉えているのだろう。

なんたる哀れーー

 

カピバラの一匹は目をつむって湯船で寝ている。

他のカピバラも、湯船に浸かっている連中はほぼ寝そうになっている。

 

無表情で媚を売ろうともしないカピバラ。

一日中温泉でウトウトし、食事をして寝る。

そして朝になればまた温泉に浸かる。

 

それなのに見物客らは無条件に、かわいい!おもしろい!と褒め称える。

 

その甘やかしがヤツらの怠惰を助長している。

芸の一つもせず、愛想笑いすら見せない。

葉っぱをチラつかせるとノソノソやってくるが、手からサッと奪うと喜びもせずモシャモシャして終了。

そしてすぐさま定位置=温泉へ戻る。

 

こんな愛玩動物がいるだろうか。

 

まぁ、媚びを売る生き物は個人的に好きではないので、カピバラはどちらかというと私の仲間だ。

彼らの堂々としたふてぶてしい態度を、私も見習おうと思う。

 

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