カラオケで音痴に負けるという屈辱

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ポールに謝らなくてはならない。

これまで歌をバカにしてきたことを、詫びねばならぬ。

 

そして、

ポールが音痴であることに変わりはないが、ポールのマネジメント能力を評価しなければならない。

 

ーー正直、私は自信を失った

 

 

音痴で人気を博すポールが、満を持して歌声を披露してくれた。

何か月ぶりの調子はずれな、いや、勇気を与えてくれる歌声だろうか。

 

ポールの歌下手レベルに変化はない。

これには心底ホッとした。

選曲も相変わらず暗くてダサいことに安心した。

 

これまで彼が披露してきた曲目は、

 

・ガンダーラ

・ルパン三世愛のテーマ

 

この2曲だった。

今回新たなラインナップとして、

 

・いちご白書をもう一度

 

という、これまた暗い曲が送られてきた。

 

「いちご白書」という響きからイチゴミルクを想像した私は、さぞかし美味そうでポップなイメージの曲を期待した。

その期待を見事に裏切る、暗くてつかみどころのない曲だった。

 

白書、といえば政府報告書を指す。

語源は、イギリス政府が議会に提出する公式報告書の表紙が白いことから、「ホワイトペーパー」と呼ばれていたことに由来する。

 

私の仕事柄、厚生労働白書や中小企業白書などにはお世話になっている。

 

そこから推測するに「いちご白書」とはなんぞや。

イチゴごときに白書を作成する必要があるのか。

 

腑に落ちない私は、どうでもいいポールの歌声よりも歌詞に着目した。

 

「キミも見るだろうか、いちご白書を」

 

これはどういうことだ。

白書を読むほど真剣な交際をしている男女の歌なのか。

 

私はポールに質問した。

 

「イチゴ白書ってなに?」

 

「15歳で処女を失う女の子の物語だよ。

15(いちご)白書ということだ。」

 

(すごい歌だ、よくぞそこまで踏み込んだもんだ)

 

私が感心していると、

 

「嘘だわ、歌詞ぜんぜんちゃうやろボケ」

 

ポールに殺意が湧いた。

オマエの歌が下手すぎて歌詞など聞きとれないんじゃボケ。

 

 

私が知らない「いちご白書」では講評が難しいため、これまで同様に「ガンダーラ」で判断しようと思う。

 

音がズレているのは仕方がない、言って直るものでもないから。

しかしその小刻みに震えるビブラートもどきをどうにかしてもらいたい。

 

モスキート音(高周波)で聴力をやられる私は、ポールの「超高速ビブラート」でも何かしらの影響が出そうだ。

 

気持ちよく歌いきりご満悦なポールに対して、私はそろそろ真剣に指導をしなければならないと感じた。

いつまでもこのやりたい放題を容認していては、ポールの成長につながらない。

ここらでハッキリ違いを分からせ、目を覚ましてもらおう。

 

 

翌日、私は何年ぶりかのカラオケボックスへ向かった。

 

 

ポール御用達「DAM」のカラオケ採点機能をオン、そして証拠動画を撮影すべくスマホをセット。

 

ーー格の違いというやつをみせてくれようぞ

 

ポールに配慮をし、彼が知ってそうな曲を探した。

そして選ばれし曲は「なごり雪」。

 

歌い始めると画面上に音程バーが現れる。

さらに「ビブラート」や「こぶし」といった機能もついており、最終的には音程、安定性、表現力、リズム、ビブラート&ロングトーンの5項目に音程ボーナスが加点される仕組み。

 

久々のカラオケ、歌い終わって採点を待つ。

 

91点。

 

(ポールより低い)

 

まぁかなり久しぶりのカラオケのため、ウォームアップとしてはこの程度だろう。

ノドも慣れてきたところで、再挑戦。

 

94点。

 

さっきより点数は上がったが、感覚的にこれ以上の点数は出せないことが分かる。

 

(選曲が悪いのかもしれない)

 

「なごり雪」ではなく、中島みゆきの名曲「空と君のあいだに」を選曲。

 

93点。

 

その後、つぎつぎに高得点を出せそうな曲を入れるも94点台を超えない。

 

こんな理解不能なことがあるか。

あの音痴で聞くに堪えない歌声のポールが、常時95点を出すなど。

過去に99点をたたき出した私が、いまでは94点台が限界などということが。

 

悩んだとて事実は事実、とりあえず録画した動画をポールへ送る。

 

「俺とあんまかわんねーwwwww」

 

こんな屈辱は初めてだ。

音痴から「ほぼ同じ」と言われる屈辱。

 

「点数を出すゲームなんだから、高得点を出す仕組みをハッキングしたもん勝ちなんだよ」

 

偉そうに採点についての自論を語られる。

 

「ちなみにDAMは95点超えると、点数発表のBGMが特別バージョンになるからな」

 

・・・。

94点しか出せない私には拝むことすらできないBGMがあるらしい。

 

思い返せばポールの無意味に震えるビブラートは加点対象になる。

あの不快かつ苛立ちを覚える震えで、点数を稼いでいたのだ。

 

 

ポールはかつてマネジメントに携わっていた。

いくつものつぶれかけた会社を立て直してきた。

そのときのコツを、カラオケにも応用したのだろう。

 

私はこれまでポールに、歌が上手くなってもらいたい一心でいろいろなアドバイスをしてきた。

しかしどれも響かなかった。

 

なぜだろうーー

 

ずっと悩んでいた。

しかし、その謎が解けた。

 

ポールは歌が上手くなりたいわけではなく、カラオケで高得点が出したいだけだったのだ。

 

カラオケ採点ゲームを攻略した音痴で歌がへたなポールと、攻略に失敗した歌が下手ではない私。

 

どちらが勝者なのか考えたくもない。

 

 

Illustrated by 希鳳

 

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