北アルプスの天然柿と肉料理

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「食べ物をくれる人はいい人だ」

 

ありきたりだが、私はこの言葉に裏切られたことはない。

とくに手料理を食べさせてもらうと、私に対する本心のようなものを感じる。

 

食事を満足に食べられなかった時代に、食べ物を与えてくれる人は命の恩人と言われただろう。

現代においても食べ物を与えてくれる人は恩人に違いない、と私は思う。

 

ーー今朝、北アルプスの麓から信州の味と香りが届いた

 

 

昨夜の夕飯は豆腐とシラスのみ。

送られてくる手料理のために、味覚と胃袋をベストな状態に整えた。

 

どんな料理が届くのだろうーー

考えるだけでワクワクが止まらない。

 

 

午前10時半、待望のクール宅急便が届いた

 

予想以上に大きな段ボールを手渡され、またその重みに驚いた。

開けてみると上段に手料理、下段に柿がめいっぱい敷き詰められていた。

 

売り物ではない天然無農薬の柿たち。

どちらかというと小ぶりだが、鮮やかな橙色で美しい顔をしている。

 

一つ手に取ると、ヘタの部分にわずかに土が付いていた。

なつかしい信州の冬の匂いがした。

 

 

 

さてさて。

大きなタッパーがいくつも段ボールに詰め込まれている。

ゴクリと生唾を飲み、いざ開封。

 

一番大きなタッパーを開けると、ゴロゴロと立派な牛肉と野菜が横たわるビーフシチューだった。

 

(こんな贅沢なビーフシチュー見たことないぞ)

 

どっしりとした重厚感あふれる具材たちに、思わず「スゲー」と呟いた。

 

まずはニンジンを口へ・・・

 

ん?

 

ニンジンがどれも丸い。

角のとれたまぁるいニンジン。

 

日本庭園に敷き詰められている石のような丸さ。

もしくは車に飾る小さな鏡もちにも似ている。

 

送り主に尋ねると、

 

「角をとって煮ると煮崩れないのよ」

 

なんと。

私が料理をしないことが一目瞭然。

そんな裏技があったのか、と心の料理ノートにメモをした。

 

次にメインの牛肉。

この肉たちは肉として誇らしいに違いない、圧巻の噛みごたえとジューシーさだ。

 

よくわからないが下ごしらえをちゃんとしているのだろう。

牛肉の肉らしさより、ビーフシチューの一部としての圧倒的な存在感を示している。

 

よくテレビCMで見るゴロゴロ野菜のシチュー、あれを思い浮かべるのは間違いだ。

あれは人間でいうところの、小学生から中学生レベルのゴロゴロ感。

こちらは、成人男性のマッチョで肉厚なゴロゴロ感。

フィジカル重視の私からすると「これぞまさにゴロゴロの代表格」という大満足のレベル。

 

ビーフシチューを半分食べ終えたところで、丸いタッパーの存在に気が付いた。

段ボールから取り出すと、チャプチャプと水らしき音がする。

 

(なんだろう)

 

そっと開けると野菜のピクルスだった。

長細いミニトマト、パプリカ、キュウリ、ニンジン、ダイコン、マッシュルーム。

色鮮やかな野菜たちが、お酢のプールでまったりとくつろいでいる。

 

ピクルスとして初めて食べたのはマッシュルーム。

意外にもお酢との相性がよく、私の好物リストに追加された。

 

 

そしていよいよ得体の知れないジップロックを残すのみ。

 

(これはいったい)

 

握った感じは太いトウモロコシ。

しかし色は茶色でタレに漬かっていた様子。

 

おそるおそるジップロックを開封すると、そこには立派なチャーシューが横たわっていた。

 

チャーシューはネット(網)のドレスをまとい堂々と寝ている。

さらにお手製のタレまで同封されており、そのタレだけでもご飯がススムお味。

 

いつもなら、肉を切るときはサムギョプサル用のハサミしか使わない私だが、今日ばかりはこの立派なチャーシューを味わうためにナイフとフォークを用意した。

 

チャーシューのドレスをはぎ取り、2センチほどの厚さに切り裂き、すばやく口へと放り込む。

 

ーーこ、これは

 

ニンニクとショウガがアクセントの甘じょっぱい特製タレが、しっとりほどよく引き締まったチャーシューを包みこむとでも言うか。

タレを付けなくても十分味のあるチャーシューだが、タレを付けることでさらなる味のフェーズへといざなわれる。

 

2口目からはもはやナイフもフォークも使わず、チャーシューをダイレクトに握りしめて食べた。

 

この立派なトウモロコシのようなチャーシューをわざわざ送ってくれた意味を考えれば、答えなど容易い。

チマチマとお上品に切り刻んで食べてもらいたいはずがない。

こうやって野生児のように歯で食いちぎりながら、ガツガツ食べてほしいという願いが込められているはずだ。

 

私はそのように実践した。

そしてあっという間に、太いトウモロコシサイズのチャーシューは胃袋へと消えた。

 

 

お口直しに柿を5つほど食べた。

食べながら考えた。

 

木の幹を彷彿とさせる存在感のチャーシュー。

バツグンの満足度のビーフシチュー。

食べごろサイズの大量の柿。

 

送り主はきっと、大型動物に餌付けをする感覚だったのではないだろうか。

 

動物園で「餌付けの体験」は大人気らしい。

動物がモリモリ美味しそうに食べる姿は、いつ見ても幸せを感じもっとエサをあげたい衝動に駆られる。

 

きっと私もそれに似ている。

 

過去に、500グラムのハンバーグを宅配ボックスに届けてくれた友人がいた。

大量のおにぎりを作ってくれる友人もいた。

腹いっぱいになるまでパンケーキを焼いてくれる友人もいる。

 

みんな決まって同じことを言う。

 

「食べさせがいがあるから」

 

私が野生動物のようにモリモリと食い尽くす姿は、見ていて気持ちがいいのだろう。

 

作り甲斐がある、とも言われる。

もちろん残すことなどありえない。

 

今日のごちそうを食べるに際し、送り主は、

 

「召し上がる前に15秒ほど電子レンジに入れると、脂身のところがジューシーになって美味しいと思うわ」

 

と、さらに美味しさを味わうためのヒントをくれた。

しかしそのメッセージを読む前に食べきってしまったため、残念ながら温かいチャーシューは堪能できなかった。

 

 

料理に関する私のモットーがある。

 

冷めても美味い料理こそ真のうまさ

 

作り手が自宅から料理を届ける場合、私が食べる頃にはどうしても冷めてしまう。

それでも美味しく食べてもらえることを願い調理している。

その心意気を感じる料理は、なぜか冷めても美味い。

 

生意気なことを言えば、手抜きをしていない料理は冷めてこそ細部のうまさが際立つ。

出来たてのアツアツが美味いのは、ある意味当たり前。

冷めても変わらぬ美味さ、いや、さらなる美味さの側面をみせてくれる料理こそ、本当にうまい料理だといえる。

 

大量の牛肉と豚肉を胃袋に詰め込んだ私は、6日後に試合を控えている。

摂取した高タンパクを筋肉に変え、勝利の形でお礼をしよう。

 

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