六杯のしるもの

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最近胃の調子がおかしい。

正確には、胃ではなく「脳」の調子がおかしい。

自分でもびっくりするほどの食欲があり、いや、食欲はないが、意思とは無関係に食べ物を蓄え続けるのだ。

 

 

先日、スープストックトーキョーでのこと。

なぜこの店を選んだかといえば、ここ連日の暴飲暴食に危機感を覚えた結果、「スープならまぁいいだろう」という安易な発想から。

 

わたしの自論だが、ずっしりとした個体は体重が増える(ただし肉の塊を除く)という漠然としたルールがある。

そしてこのルールに液体は入っていないため、液体ならばどれだけ飲んでも大丈夫となっている。

 

ちなみに、ここ最近の暴飲暴食という点で付け足しておきたいのは、腹が減りすぎて食べているわけではないということ。

むしろ満腹で動けないくらいに胃袋が膨らんでいるにもかかわらず、苦しみながらも食べ物を詰め込んでいる状態。

 

だかからこそ、胃の調子ではなく脳の調子がおかしいと感じるのだ。

 

そんなこんなで注文をする。まずはやはりオススメからいこう。

「桜と春野菜のクリームスープ」

「半熟卵とグリーンピースの・・・」

途中まで読むもすぐさま却下。グリーンピースは天敵だ。代わりにサンラータンを頼む。

 

(米もほしいな)

 

普段はキーマカレーを選ぶのだが、メニューには

「完熟トマトの雫とモッツアレラのOKAYU」

が前面にアピールされている。仕方ない、このOKAYUとやらを試してみよう。

「おかゆ」をローマ字にしたあたり、企画開発会議で若者らが頑張ったんだろうな、という感が漂う。

 

とりあえず、レギュラーサイズ(250cc)のスープとOKAYUの合計3杯を平らげる。

野菜クリーム系、ピリ辛中華系、まろやかトマト系と来たら、つぎはガツンとくる風味でお口直しをしなければーー。

 

正直なところ、すでに腹は満たされている。

これ以上食べ物を体内に入れる必要などまるでないが、「風味のバランス」的に物足りないというか。

 

再びレジに並ぶ。

「東京ボルシチ」

「ラタトゥイユカレー」

この2つを追加注文する。おっと、絶対に落としてはならないスープを忘れていた。

「オマール海老のビスク」

スープストックトーキョーへ来たら、必ず胃袋へ納めなければならない逸品。

 

わたしはいそいそとテーブルへ戻る。

そこから満腹との戦いが始まった。そもそも腹など減っていないのに、液体だから流し込めるだろうとスープを6杯も頼むバカがいるだろうか。

だが「風味のバランス」の均衡を保つためには、とにかく胃袋へ届けるしかない。

大丈夫、相手は液体だ。すぐに下から排出されるだろう。

 

心の中でカウントする。

(3・2・1)

息を吸いながら赤い海老色のスープを口へと注ぎ込む。姿勢を良くし、食道や胃袋をなるべく垂直にする。

ーーこのまま3種類流し込めるか。

 

と、ここでわたしの”変なクセ”を思い出す。実はわたし、一つの料理を平らげてからでないと次の料理へは移れない、という”クセ”があるのだ。

今回のように、無理矢理スープを詰め込むのならば、味変(あじへん)しながら進めるのがセオリー。

しかしクセは習慣ゆえ、そう簡単には直らない。よって、まずはオマール海老一色をなんとかやっつけてから、ボルシチへとスプーンを伸ばした。

 

(口開けたらノドの奥にスープ見えるだろうな)

 

胃から食道にかけて大量のスープがなみなみと溜まっている。体を揺らすと、タプタプ音がする(気がする)。

 

仕切り直そう。

まずはボルシチの底で転がっている牛肉をすくい上げると、パクリと口へ放り込む。

ここまでほぼ咀嚼(そしゃく)はしていないため、久しぶりに歯ごたえのある肉塊を味わった。

嚥下(えんげ)ばかりでうんざりしていた気分がリセットされ、なんだか調子がでてきた気もする。この勢いでボルシチを一気に平らげる。

 

ーー残すはラタトゥイユカレーのみ。

 

一旦立ち上がると、ゆっくりその辺を歩き回る。少しでも胃の内容物を押し下げる目的だ。深呼吸を繰り返し、ズボンのベルトも緩める。さらに下っ腹の下までジーパンをさげ、腹部への圧迫を解除。

再び席へ戻ると、最後の戦いに挑んだ。

 

よりによって最後がカレーというのもなにかの因果か。ある意味試練なのかもしれない。乗り越えなければならないわけだ。

わたしは姿勢を正すとラタトゥイユカレーにスプーンを差し込む。

これにもボルシチにあったようなゴロッとした野菜が入っている。しかし野菜どもが容積の大部分を占めるため、これを片付けると残りのスープはさほど負担にはならない。

 

ターゲットは野菜だーー。

野菜など可食部のほとんどは水分でできている。よく噛んで液体にしてしまえば、あとは重力で落ちていくのを待てばいい。キラリ妙案。

 

途中、何度も涙目になった。本当に苦しくてスープが喉を通らないのだ。それでも「せーのっ」と勢いをつけて飲み込む。

飲み込んでから逆流しないようにしっかりとアゴを下げ、食道から口へとつながるチューブを閉じる。

 

これを何度か繰り返し、わたしは無事ラタトゥイユカレーをクリア。

だがそこには達成感も満足も幸福も、なにもなかった。

 

 

単純計算1.5キロのスープ(とお粥)を詰め込んだわけだが、なぜこんなことをしたのか自分でもわからない。

欲しているわけでもないのに、なぜか手足が勝手に動いてしまう、というか。これはやはり脳が崩壊している証拠だろう。

そして定期的にこの波が訪れるから厄介だ。

 

誰からも頼まれていないのに、満腹で泣きながら食べ物を詰め込むーー。

 

まさに狂気の沙汰よ。

 

 

Illustrated by 希鳳

 

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