小刻みに震える手で渡された、一切れのピッツァを審査する覚悟

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試合や大会の醍醐味というのは、どんなに日頃から慣れ親しんだ行為だったとしても、”本気であればあるほど緊張するところ”にある。言うまでもないが、いったいどこの誰が好きこのんで緊張などしたいと思うだろうか。できればストレスやプレッシャーとは無縁な状態で挑みたい・・と誰もが思うはず。だが、本番が始まればどんなベテランでも緊張に押しつぶされそうになるわけで、そこがまたニンゲンらしくて愛おしいのである。

そしてこればかりは、出場選手だけが感じることのできる特典であり真骨頂といえるが、競技を見守る観客や審査員にとっては”楽しみ”でしかない試合終了が、選手本人にとっては重圧からの解放であるのと同時に、結果を突きつけられる恐怖の瞬間でもある。その証拠に、審査員であるわたしに差し出された手が、もれなく小刻みに震えていたのを見逃さなかった。

(あぁ・・望まずともこんな緊張を味わえるなんて、むしろ幸せじゃないか)

そんなことを思いながら、震える手から受け取ったピッツァフリッタを、パクリと口へ放り込むのであった。

 

 

本日は、東京都品川区にあるピッツェリア”La TRIPLETTA(ラ・トリプレッタ)”で開催された、第5回トリプレッタカップの審査員として店舗を訪れたわたし。前回に引き続き、今回もピッツァフリッタ部門の審査を任されるとあり、この一ヶ月間はピッツァを食べる機会があれば、必ずといっていいほどピッツァフリッタを注文しては舌を肥やしてきた。

 

ピッツァフリッタは日本語で「揚げピザ」だが、通常のピッツァ(生地の上に具材が載っているもの)を揚げるわけではない。一般的には、具材が入った生地を油で揚げることにより、風船のように膨らんだ半円形のピッツァをハサミやナイフで切り分けて食べるのだ。

そして何を隠そう、La TRIPLETTA(ラ・トリプレッタ)のオーナー兼ピッツァイオーロである太田賢二氏は、昨年10月にローマで開かれたピッツァの世界大会「Pizza World Cup 2024」で、ピッツァフリッタ部門にて優勝を果たしている。じつは、12年前にも同大会で準優勝という結果を残しているが、時を経て満を持しての挑戦で正真正銘の世界一に輝いたのだ。

このような経緯もあり、太田氏の中でピッツァフリッタは特別な存在であり、トリプレッタカップにおけるこの部門の意義や価値というのも、他の大会にはない熱い想いが込められているのだ。

 

かくいうわたしも、太田氏がピッツァフリッタを得意としていなければ、この食べ物の存在・・というかここまで興味を持つことはなかっただろう。たかがピッツァと思われるかもしれないが、生地や素材そして焼き方・揚げ方ひとつとっても、そこにはイオーロの技術と人生が凝縮されており、本場ナポリの歴史と伝統を堪能することができるのだ。そのくらい、ピッツァにはイタリアのソウルフードたるプライドが宿っている。

・・などと偉そうな講釈を垂れたところで、参加選手についても触れておこう。ピッツァフリッタ部門、正確には「ピッツァフリッタドルチェ部門」には、馴染みのイオーロたちに混じってイタリアの食材やワインを輸入する商社の社員までもが参戦していた。そして意外にも、本業ではないはずの商社マンが作りあげたドルチェピッツァ(デザート代わりの甘いピッツァ)が、個人的には一番好みだった。

 

今大会におけるピッツァフリッタドルチェ部門の審査基準には、「創造性・ストーリー性」「客観性・大衆ウケしそうか」「地域制・オリジナリティ・ルーツを感じるか」といった、味や焼き加減などの直接的な評価だけでなく、顧客目線から見て”食べてみたいと思うかどうか”という項目が追加されていた。

そして件の商社イオーロは、地元に住む祖母が作った小さなイチゴを使い、さらにドルチェといえばプリン・・ということで、生地を揚げながら具材のプリンを蒸すという離れ技を披露したのだ。

「情に訴えかけてすみません、でもおばあちゃんが作ったイチゴなんです!」

たしかに”おばあちゃん”といえば、素朴で親しみやすい存在の代表格である。そんな救世主が作るイチゴを使われてしまっては、審査員とてヒトの子——などと思いながらも、油の温度が安定してきた頃に揚げられた生地はプロ顔負けの美味さだったし、内側からとろけ出るサイコロ状のイチゴと熱々のプリンは、贔屓目なしに絶品だった。

 

もちろん、他の選手たちも独自の工夫やアイディアが施されたピッツァを提供してくれたわけだが、爽やかな笑顔に自信満々なレシピの紹介からは想像もつかないくらいに、わたしに向かって差し出された皿が小刻みに震えていたのには驚いた。

秒単位で刻々と変化する生地の状態に精神を集中させつつ、手際よく最高のピッツァフリッタを完成させるべく、どれほど神経をすり減らしたのだろうか——。

審査員の口に入るその瞬間まで、彼らの戦いは終わってはいない。そして表情には出さずとも、逃げ出したいくらいの緊張と重圧を誰もが抱えている。そんな、本気で挑む彼らの”震える手”から受け取った一切れのピッツァフリッタは、何物にも代えがたい特別な味がした。それは「美味い」「不味い」といった薄っぺらな主観ではなく、この一切れに託された”彼らの人生”までもがスパイスになっているかのような、まさに真剣勝負の味だった。

 

 

「料理ごときで緊張するのだろうか・・」などと、料理をしないわたしは不思議に思った。だが、大会に出場し審査される立場になれば、当たり前だが手は震え足はすくみ笑顔は消えるだろう。そのくらい、どんなに小規模なローカル大会だったとしても、選手たちの真剣かつ本気の挑戦というのは、常に極限状態で行われるものなのだと思い知った。

また、順番によっては窯や油の温度に差が出たり、使い慣れていない場所での調理に手間取ったりと、ベストの状態で挑むことができなかった選手も多いはず。だがこれこそが大会の醍醐味であり、加えて実力の見せどころでもあり、さらには審査員や観客にとって見応えのある「舞台」でもあるのだ。

 

回を増すごとに参加者の技術やアイディアも洗練され、プロアマ問わず同じ土俵で勝負ができるという、一風変わったナポリピッツァの大会「トリプレッタカップ」。第6回大会にも審査員として参加できるよう、ピッツァフリッタの味覚レベルを上げるべく特訓(食べ歩き)を続けよう・・と、密かに誓うのであった。

 

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