一触瞭然

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見た目と本質が違う、ということはよくある。なにも難しい話ではなく、言われてみれば「なるほど」という程度のことはしょっちゅうあるだろう。

 

 

先日、リハビリで言われたアドバイスはわたしの能力をアップさせた。じつはわたし、一か月半前から首が痛くて左手が痺れている。その原因が頸椎ヘルニアと、鎖骨の裏側あたりの筋肉が神経を圧迫しているからだといわれ、それらを改善するためのリハビリを行っているのだ。

「ここ(広背筋)に力を入れる感じで、腕を下ろしてきてください」

PT(理学療法士)の言う通り、肘を曲げた状態で頭の上から左手をゆっくり下ろす。こんな単純な動作、間違うはずもない。何度か同じ動きを繰り返した後、微妙な表情のPTにこう言われた。

「んー、なんか抜けてるんですよね」

抜けてるというのはマヌケという意味ではなく、広背筋に入れている力が抜けてしまっているという意味。わたしはさらに背中へ集中し、肘を引きつけ広背筋をプルプルいわせながら動作を繰り返した。

 

「力を入れるとき腰が反ってるんですよ。腹筋も同時に使ってみましょうか」

 

そしてこの言葉こそがわたしの能力、もとい筋力を増大させる魔法の言葉となったのだ。たしかに言われた通り、広背筋に向かって意識も力も入れていた。だがどこかしっくりこない感じはあった。たとえるなら、アクセルを踏んでも思ったほどスピードが上がらない感じ。

 

もちろん動作としては間違っていない。頭の上から肘を下ろしたり、体の前面から後ろへ向かって肘を引いたり、どうしたって間違えようのない単純動作だからだ。

しかし見た目が正しい動作を繰り返したところで、利かせたい筋肉に届いているかどうかは別。さらに自分自身は「正しい動作」を行っているため、それを信じて盲目的に突き進むわけで、まさかそれが結果として間違っているとは夢にも思わない。

 

ところがプロが広背筋を触ると、それが上手くできているのかいないのかは一目瞭然、いや、一触瞭然。広背筋に力を入れるあまり、わたしは腰も反らせていたのだ。力を入れれば入れるほど、腰も反ってしまっていることに、本人はまったく気づいていなかったのだ。

これには目から鱗が落ちた。背筋を鍛えるためには腹筋が必要だったとは――。

 

わたしはアドバイス通り、広背筋を絞りながら腹筋で「反り」を防いだ。すると、身体の中心に漲(みなぎ)る力を感じるではないか!

(これが正しい広背筋の在り方なのか)

なんというか、今までよりも力を入れやすい。たしかにこれまでは、背中に力を入れようとすればするほど、最後は受け止めきれない感覚があった。行き場のないパワーというか、どこか頼りなさを感じていた。

しかし今は違う。どれだけ振り絞って力を入れようが、強靭な腹筋がそれを受け止めてくれる。以前よりも強い力、太い力を背中全体に感じることができるのだ。

 

背中を触りながらPTが「そうそう」と喜んでいる。

「これで前よりさらに力が使えるようになりますよ」

そう言われて、なるべく力を使わない柔術を目指してきたわたしの信念は崩れた。そうか、わたしは力を使えるようになったのか!ならば存分に力を使っていこうではないか。テクニックはないが、せめて力くらい正しく使ってやらなければ、豊満な筋肉にも産んでくれた親にも申し訳が立たない。

 

 

そういえばもう一つ、目から鱗の動作がある。それは「アゴを引く」という動きだ。多くの人は字面どおり、頭の位置は変えずにアゴのみを引くだろう。間違っていない。

だが首を傷めた場合の「アゴを引く」は、こうだ。

「鳩が歩くときみたいに、やってみてください」

なるほど、わかりやすい!この言葉を何人かの友人に伝えて「鳩」を再現してもらったが、全員ちゃんと鳩になっていた。

 

文章上は間違っていない「アゴを引く」という動作。正しく行うには、たとえ幼稚な表現だとしても分かりやすい言葉を用いることで、患者は救われるだろう。

 

サムネイル by 希鳳

 

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