地対空誘導弾ペトリオットを右足親指に装備するオンナ

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わたしは今、恐れ慄(おののい)いている。

5日前に剥がれた右足の親指の爪と改めて対峙しているのだが、一見、ごく普通の親指の爪にみえるコイツが、ややもすると奇妙な動きをするからだ。

受傷後すぐさまテーピングでグルグル巻きにし、その後一切見ないようにしていた爪だが、さすがに何日も巻きっぱなしは不潔であるため、足の親指を洗浄しようと覚悟を決めたのだ。

 

わたしは痛みに強いほうではあるが、痛いのが分かっているにもかかわらず、患部を直視することは好きではない。なぜなら、切り傷や擦り傷のように皮膚表面が患部の場合、それらが傷跡を残すことなくきれいに完治するのは至難の業。そして一次治癒であれば、組織は損傷前と同様に復元されるため傷跡が残らない。ところが二次治癒の場合、上皮の移動やコラーゲン繊維の添加や収縮、そして組織の再構築などが大量に行われるため、結果として治癒に時間がかかり瘢痕も残りやすい。

こういったことからも、なるべくならば己のチカラで治癒を促し、余計なことはせずに見守りたいのである。

身近な例でいえば、台所でコトコト煮込んでいる鍋が気になり、ついつい中身の様子を確認しようとフタを開けると、「コラッ!まだダメ」と怒られるのと同じで、ヘタに傷口を観察したりいじったりしない方がいいのではないかと考えているからだ。

 

とりあえずテーピングを剥がしていく。何重にも巻いたせいで、一枚剥がすごとに粘着力が増していく。シャワーを浴びたり湯船に遣ったりしたにもかかわらず、内側の粘着力がここまで衰えないものかと、ある種の感動を覚えたものだ。

そしていよいよ、最後の一枚を剥がしたところ——、見事な親指の爪が現れたのである。

 

「いやいや、なにを言っているんだ!」と、自分でツッコみを入れたくなるような発言だが、そのくらい疑心暗鬼にテーピングを剥がしていたのである。そのため、もしかするとテーピングを取り去ったあとには、とんでもない形状の爪が現れるのではないか…と、戦々恐々としていたのだ。

ところがそこに現れたのは、根元が伸びつつもブルーのネイルが施された普通の親指の爪だった。わたしは安堵とともにやや拍子抜けしてしまった。

(なんだ、見た目は普通じゃん・・)

いったいどれほど悍ましい爪が登場すると思っていたのだろうか。とにかくそこには、ごく普通の親指の爪があったのだ。

 

それから、お気に入りの高級ハンドソープで足を洗うと、ところどころ貼り付いているテーピングの残骸を取り除こうと、爪の表面に指を当てて滑らせた瞬間——。

なんと、爪全体が動いたのである。右足親指の爪が、まるで水に浮かぶプレートのように、全体的にズレたのである。

 

わたしは恐ろしさのあまり卒倒した。いかん、これはまずい!これ以上爪を触れば、その先の悪夢が待っているに違いない。

そもそも、爪の根もとは皮膚と一体化しており、ここが浮いているとは思えないし絶対に浮いていない。ところがさっき、爪全体がぐにゃりとズレたわけで、つまりこれは根元以外の爪が肉から離れていることを意味するわけだ。

 

その時ふと、この爪が剥がれた瞬間のことを思い出した。——あれはまるで、ミサイルを彷彿とさせる形態だった。例えるならば、そう、ペトリオットだ。

現存する地対空誘導弾のなかで最も優れたシステムとされている、あの地対空誘導弾ペトリオット(PAC-3)。その発射体勢を思わせるような、上方45度に見事に立ち上がったわたしの右足親指の爪。根元からしっかりと上を向くその姿は、痛みよりも先に勇ましさすら感じたほどである。

そして「今は発射の時ではない!」と、慌ててペトリオットを伏せさせた記憶がある。つまり、間一髪のところで有事を防いだわけだ。

 

とにかく、根元の皮一枚でつながっている親指の爪をギュッと押さえると、再びテーピングでグルグル巻きにし、「見なかったこと」にしたわたし。

次に親指の爪と対峙するのは、いつになるのだろうか。

 

サムネイル/主要装備「ペトリオット」航空自衛隊

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