池袋駅のスターバックスで一服しようとしたわたしは、まさかの「本日の営業は終了しました」と書かれた看板に驚かされた。時刻は午後5時半、とてもじゃないがスタバが閉まる時間ではない。
目的地に着いた途端に追い返される・・という仕打ちに呆然とするわたしに向かって、店長と思しき男性が申し訳なさそうに頭を下げた。
(なんだろう、マシンの故障とかかな・・)
閉店の理由を尋ねたところでコーヒーが飲めるようになるわけではないので、聞き分けの良いオトナなオンナを演じるべく、わたしはサラッと店を後にした。タンブラーを握りしめている姿が哀愁を誘うが、店は営業していないのだから仕方ない。どこかカフェを探すか——。
こうしてわたしは、スタバを10歩ほど通り過ぎたところで立ち止まると、Googleマップを開いてカフェを検索した。天下の池袋駅西口、カフェなど腐るほどあるわ。さて、どの店にしようかな・・。
わたしが選ぶカフェの基準は"ニオイ"である。喫煙はもってのほか、揚げ物や炒め物など油のニオイもいただけない。くつろぐにせよ仕事をするにせよ、コーヒーのニオイ以外は不要であるため、純粋にコーヒーのみを提供する店舗を求めているのだ。
無論、スタバでもサンドイッチやマフィンなどフードの販売をしているが、それでも食べ物のニオイが充満するほどではないので、まったく問題はない。一方、タリーズは微妙である。店内が狭かったり空調がイマイチだったりすると、パスタやホットドッグのニオイが充満するので、そうなると長居はできない。同様に、星野珈琲やコメダ珈琲もフードメニューが豊富なため、ニオイが気になるあまりくつろげないのである。
そんな難しいこだわりを持つわたしだが、Googleマップを凝視しながも視界の端っこに"妙な不審物"を発見した。
(レシート?いや、メモ用紙か??)
紙くずっぽいなにかが、地面に落ちているのだ。ちょうどスマホの延長に落ちているので、顔の角度を変えることなく不審物へと視線を移したところ、それは・・・小さく折りたたまれた一万円札だった。
わたしはしばらくの間、その一万円札を睨んだ。
(これは罠かもしれない。誰かがどこかで撮影していて、この一万円札を拾った途端に駆け寄ってきて、寄ってたかって質問攻めにされるのかもしれない。だが、もしもそうであればもっと拾いやすくするはずだ。こんな小さく折りたたまれていては見過ごしてしまう。現に、立ち止まっているわたし以外は誰も気づいていない。おまけに、今さっき通り過ぎたオバサンなど、電話しながら歩いていたせいか一万円札を軽く蹴とばしたわけで・・)
それからわたしは、スマホでなにかを調べるフリをしながら一万円札の行く末を見守った。
こいつの持ち主は現れるのだろうか・・いや、まず無理だろう。ここまで細かく折りたたんでいるということは、非常用の資金としてスマホケースの間に挟んでおいた可能性が高い。それが何かの拍子で抜け落ちてしまったのだから、当人も気づいていないはず。ややもすると、そんなところへ一万円札を隠しておいたことすら忘れているかもしれない——。
すると、一人の女子が駆け寄ってきて、まさにその一万円札を拾おうとした。ところが、わたしの姿に気づいた彼女はそそくさとその場を去ったのだ。・・と思ったら、すぐに戻って来て地面に落ちている一万円札をカシャッと撮ってから、どこかへ消えていった。
きっと、わたしがいなければこの一万円札を奪うつもりだったのだろう。だが、無言で見つめるわたしに気づき、さすがに拾えなくなったわけだ。おまけに、わたしはスマホで地図を見ていたのだが、角度的に一万円札を撮影しているように見えなくもない。つまり、この一万円札を拾う愚か者を撮影するユーチューバーだと思われた可能性もある。
その後、わたしは何人かの男女が一万円札に手を伸ばそうとするも、その度にわたしを見てはそそくさと逃げる・・という光景をじっと見守った。そして10分・・いや、20分が経過した頃、落とし主の次にこの一万円札を拾ってもいい・・というか、拾うべき人物が現れたのだ。
彼は地面に落ちている一万円札をつまみ上げると、わたしの顔をチラッと見ながら無表情のままその場を去った。ゆっくりと人混みへ消えていく彼の後ろ姿を見送りながら、わたしは妙に納得してしまった。——うん、彼が拾うのならば良しとしよう。持ち主亡きいま、彼こそが適任だと胸を張って断言できる。
"適任者の彼"とは、小汚いホームレスの男性だった。
*
こうして、適材適所に収まった"一万円札と拾得者"の関係性に満足したわたしは、信号の先にあるミスドへと向かったのである。
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