(危なっかしいな・・・)
高校生くらいだろうか——。アルバイトを始めたばかりと思われる、真っ黒に日焼けした坊主頭の新人店員が、トレーからコーヒーを持ち上げようとして少しだけこぼした。
背の高いスラッとした若者は、自らの胸の位置でトレーを支えているが、そこからソーサーを掴んでコーヒーをテーブルに置こうとしたのだ。それはさすがに難しいのでは——。
というか、アルバイトに対する接客研修は行わないのだろうか?そんな高い位置から、そんな不安定な状態でカップソーサーを掴んだら、誰だってプルプルしてコーヒーをこぼしかねない。少ししゃがむなりテーブルにトレーを置くなり、安全な方法でコーヒーを差し出さなければクレームに繋がりかねないわけで。
とりあえず、少しこぼれたコーヒーはそのまま持ち去られ、新たなコーヒーが提供された。しかし問題は、その次に運ばれてきた"宇治抹茶かき氷"で起きたのだ。
(おぉ、抹茶かき氷だー!!)
流行る気持ちを抑えながら、わたしは大きなかき氷の器がテーブルに着地する姿をまじまじと見つめた。——平らな丼のような器に、たっぷりと盛りつけられた深緑色の抹茶かき氷。その横には、堆(うずたか)くとぐろを巻いた真っ白なソフトクリームが佇(たたず)んでいる。さらにその隣には、憎き敵・粒あんがボトリと寝そべっていた。
ゆっくりと地上へ降り立った、抹茶色の天使。今回は先ほどのコーヒーとは違い、しっかりとした手つきで新人アルバイトがランディングを試みる。今度こそ大丈夫、大丈夫であってほしいのだが——。
(あっ!!!)
わたしと新人アルバイトが、同時に小さく叫んだ。なぜなら、われわれが恐れていた"最悪の事態"が生じたからだ。
考えたくはなかったが、もしもあるとすれば「あのソフトクリームが倒れる事件が起きる」と、内心疑っていた。するとまさかのまさか、静かに着地したかき氷の器から、これまたゆっくりと滑り落ちる雪崩(なだれ)のように、ソフトクリームのとぐろがテーブルへと倒れたのだ。
願わくば、ソフトクリームがかき氷側へ倒れてくれればよかったのだが、この世はそううまくはいかないもの。まだ一口も味わっていないソフトクリームと抹茶かき氷の一部が、無残にも形を崩しその生涯を終えたわけだ。
と、その瞬間——
わたしは、カップソーサーをちりとり代わりに、横たわるソフトクリームをスプーンで素早く掻き込むと、店員の目と手が届きにくい奥のほうへと隠した。その間、店員は大慌ておしぼりを取りに戻ると、べちゃべちゃになったテーブルからソフトクリームとかき氷の残骸を拭き取っていた。
パニックになっている新人店員は、わたしがテーブルからソフトクリームをかすめ取ったことに気づいていない。そしてペコペコと頭を下げながら「新たなに作り直してきます」と言って厨房へと消えた。
(このソフトクリームまで没収されたら厄介だな・・)
せっかくかき集めたソフトクリームなのに、強制的に奪われたのでは割に合わない。そこでわたしは、大急ぎでソフトクリームを掻っ込んだ——う、美味い。
テーブルの上は雑菌だらけゆえに、そこへ落下した食べ物を口にすることは推奨されていない。だがそんな雑菌の懸念よりも、このソフトクリームの美味さのほうが優ったのである。
しばらくすると、新たなかき氷が運ばれてきた。しかも今度は、ベテランと思しき女性店員が丁寧にテーブルへと着地させたため、危なげなく目の前に鎮座させられたかき氷の器。おまけに、「もう二度と、ソフトクリームを倒すものか!」という気概とでもいうのか、先ほどよりも大きなソフトクリームのとぐろが、かき氷の山にもたれかかるようにして載せられていた。
——要するにわたしは、ソフトクリームに関しては1.5倍得したわけか。
店側としては、若干なりとも"詫びの気持ち"を示したのだろう。明らかに大きなとぐろに、思わず笑いが込み上げてきた。
*
苟(いやしく)も雑菌まみれのソフトクリームを平らげた上に、新たに用意された増量ソフトクリームまで完食したわたしは、今日、この店における最高勝利者といっても過言ではない。
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