ここしばらく、我がマンションが騒々しい。
「騒々しい」という単語を使うことなどあまりないが、まさに騒々しいのだから仕方がない。
なぜそのような状況なのかというと、マンション一階の居抜き物件に買い手がついたためである。
*
今から3年前、そこは知る人ぞ知る寿司屋だった。しかしコロナ禍を乗り切ることができずに閉店。
外から覗くと、まるで今夜の開店を待っているかのごとく、テーブルから調理器具からすべてきれいに整った状態で、静かに眠っている。
(はやく次のオーナーにバトンタッチできればいいな)
わたしは単なる賃借人であり、このテナントに店が入ろうが入るまいが大差はない。
それでも、コロナという不可抗力によりこの世を去った寿司屋への、せめてもの弔いとして新たな風を吹き込ませてやりたいものだ。
――そんなことを、居抜きのまま放置された店舗を見るたびに考えていた。
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そんなある日、物件に動きがあった。
7月の終わり頃、マンション内の掲示板にこのような告知が張り出されたのだ。
「8月1日から31日まで、解体工事のため振動や騒音が発生するので、ご了承ください」
どうやら11月に理容室がオープンするらしい。そのための解体工事を、一か月かけて行うとのこと。
(それはよかった。これであのガランとした店内にも活気が戻るわけだ)
ちなみにわたしの部屋は最上階のため、一階からは最も遠い場所に位置する。
よって、上層階の特権とでもいおうか。はるか彼方から聞こえる騒音を、とくと拝聴してやろうじゃないか。
このように、上から目線で余裕たっぷりのわたしだったが、工事当日の午前9時過ぎ、ベッドが小刻みに震えるほどのドリル音によって起床を余儀なくされたのであった。
ガガガガガガガガガガガ
もの凄い破壊音が、天井のさらに上から響いてくる。音だけではない、部屋全体が僅かに振動している。
(解体工事って、一階じゃなかったのか?!)
我が家は最上階にあるため、天井のさらに上からドリル音が聞こえるということは、屋上のタンクか何かを修理しているのだろうか。
すぐさま玄関を飛び出し状況確認に向かった。
(あれ?!音がしない・・・)
部屋の外に出た途端、あれほどまでに部屋を揺らした轟音がピタリと止んだのだ。
いや、今がたまたま手を止めているだけだろう。しばらくすればまた始まるはず。
――だが何分待っても再開しない。
不審に思ったわたしは、とりあえず部屋へと戻った。
ドドドドドドドドドドドド
(こ、これはいったい・・・)
室内で最もうるさい場所を探したところ、音源は風呂場とトイレだった。つまり、全館を繋ぐ空調を伝ってこの騒音は届いているのだ。
まるで目の前で解体作業が行われているかのように、ダイレクトに響き渡る轟音と振動が、静寂を切り裂き我が家を襲う。
(せめてあと一時間、寝かせてくれないか・・)
そんな願いも空しく、ドリル音は延々と続いた。
昼休憩の間くらいは静まったのではないかと思うが、そんなことを確認する余裕もないくらいに、朝の9時から夕方の5時過ぎまで、ひっきりなしに破壊音が鳴り響いた。
*
あれから一か月が経った。
今度は内装工事に入った様子で、アンカー打設や躯体へのビス留めなど、解体工事の時よりはトーンダウンしたものの、相変わらず騒音と振動が伝わってくる。
はだしで床を踏めば、一階で行われている作業の様子が、足裏を通じて伝わってくる。
だがこれは、他の居住者にとってもいい経験だろう。なぜなら、我がマンションの住人は短気で神経質、オマケに貧乏人が多いからだ。
ちょっと物音がしたら即、クレーム。
ちょっと音楽が聞こえたら即、クレーム。
そこまで頻繁にクレームするほど、日々の生活音に耐えられないというのなら、もっといいマンションに引っ越せばどうか。
こんな安価で手抜き設計のマンションにしがみつかずに、もっとキミらに相応しい高級マンションへ引っ越したらいいじゃないか。
そして彼らは、今回の工事で思い知ったことだろう。
(今まで上の階がうるさいと思っていたが、もしかすると下だったのかも・・)
そう。鉄筋コンクリートの建物において騒音というのは、必ずしも聞こえる方向に音源があるとは限らない。
今まではずっと、隣りの住人がうるさいと思っていたことが、じつは隣りではなく3階下の住人だった、なんてことはザラ。
この一か月ほど、解体工事のドリル音をすべての住人が体験したことになる。
これを機に「少しは我慢する」ということを覚えてもらえると、よりよい居住環境となるのだが。
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