定型文「あ!忘れてました」事件

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いよいよ3月もラストということで、社労士たるわたしにとって、毎年恒例となる"とある大仕事"のタイムリミットでもあった。それは、サブロク協定の届出という作業だ。

サブロク協定とは、労働基準法第36条(時間外及び休日の労働)第1項に定める協定を指し、労基法上の法定労働時間を超えて労働者に仕事・・というか残業をさせる場合に、この協定の締結と労働基準監督署への届出が必要となる。

そもそもが一日8時間・週40時間に満たない労働時間の会社にとっては、これはさほど重要ではない話となるが、労働時間というのは1分単位で管理しなければならないため、サブロク協定を締結・届出していない会社は「一日1分・・いや、一週間で1分でも残業があれば、労基法違反」となる。

 

殊に接客サービス業や営業など"ヒト相手"の職業については、時間厳守で仕事を切り上げることが難しい場合も多い。なぜなら、「おっと、退勤時間になったので上がりますね!」と、対応途中の顧客をほったらかしにして消えるというのは、労働時間を厳守する点では正しいが、対応のあり方としてはおかしい・・というか無責任なわけで。

しかも、他愛もない会話を切り上げるならばまだしも、たとえば病院で処置の途中だったり、自動車で自宅まで送迎する途中だったり、髪の毛を切っている途中だったりすれば、それを放置して退勤するなどもってのほか。よって、こういう場合は致し方なく時間外労働へと突入せざるを得ないのである。

 

そんなわけで、企業の営業時間がそももそも短くて定休日が多い場合を除き、サブロク協定の締結・届出は必須であり、万が一のお守代わりとなることを鑑みると、顧問先への強制は"親心"といえるのだ。

そこで弊事務所は、毎年4月1日を起算日とするサブロク協定の届出を慣習としているのである。

 

 

(ほとんどの会社が、スルーしてる・・・)

余裕をもって半月前に「サブロク協定に関する連絡」を行ったわけだが、顧問先は接客サービス業が多いため、日々の業務に追われて事務作業が保留となることもままある。

しかも、こんな紙っぺら一枚のために仕事を中断させるのも忍びないため、「ギリギリまで待とう」と配慮した結果、残すところ数日となっても一向にサブロク協定の返信がない状況に陥ったのだ。

さすがにこのままではマズイので、申し訳ない気持ちを押して催促の連絡(LINE)を入れてみたところ、これまたほとんどの会社から即座に返信があった。

 

——ちょっと脱線するが、「メールの返事はなかなか来ないが、LINEの返信は早い」というのは"連絡手段あるある"といえる。その理由として、会社へ送信したメールはパソコンを開かなければ確認できないことや、迷惑メールの多さから未読への意識が薄れることなど、"メールを読むまでの道のり"は思っている以上に遠いからだ。

そんなことからも、クイックレスポンスを望むならば、メールではなくLINEやメッセンジャーなどのSNSツールを使うほうが圧倒的に早い。なんせこちらは本人と直接つながっているわけで、コミュニケーションの一環としてもウェットな環境に近いやり取りが実現するからだ。

 

——ということで、次々と届くLINEを開いたわたしは思わず笑ってしまった。なぜなら、

「あ!忘れてました」

と、まるで定型文であるかのように、ほとんどの返信がこれだったからだ。

 

一般的には、仕事の依頼を失念していた場合、つい正当な言い訳を添えてしまうもの。そもそも、日々の業務が忙しいことなど百も承知の上なので、後回しになることは当然というか仕方のないことであり、それらの事情を伝えてくれればいいだけのこと。

だが、彼ら彼女らは本当に忘れていたのだろう。感嘆符付きで「このLINEで指摘されるまで、きれいさっぱり記憶から抜け落ちていました!」と、正直に告白してくれたのだから——。

 

そんな正直かつ潔い顧問先を、わたしは悲しくも誇らしく思うのであった。

サブロク協定の連絡が来ないことに思いを巡らせ、「きっと忙しいのだ。明日には来るだろう」などと勝手な配慮と期待をし、待てど暮らせど鳴らないスマホを見つめるわたしの気持ちなどどこ吹く風。彼ら彼女らは、サブロク協定の存在など頭の片隅にも残ってなかったのだ

(・・いいんだ、これも仕事だ)

 

こうしてめでたく、ほとんどの顧問先からサブロク協定を回収することに成功したわけだが、あと数社残っているのも事実で3月は「今日が最後」というのも事実。

再び催促するべきか静観するべきか——いずれにせよ「恐怖のカウントダウン」が始まっているのであった。

 

llustrated by おおとりのぞみ

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