それは一見、ちっちゃなおむすびだと思った。
口に入れなければ、カラフルなちっちゃいおむすびとしか思わなかった。
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東京のオシャレエリア、麻布十番。
そこはかつて、6年連続でミシュラン(ビブグルマン)を獲得した、有名イタリアン店があった場所。
オーナーの篠原とはいつからか仲良くなり、彼を格闘技の世界へ引きずり込んだ縁でつながっている。その甲斐あって、絞り込まれた彼はナイスミドルへと成長した。
私の提案は、ライザップ以上の効果をもたらしたワケだ。
そのミシュラン常連店を襲った悲劇は、まぎれもなく「コロナ」だった。
土地柄、社会的地位の高い顧客が多い。さらに、小さな店内で三密を回避するのは至難の業。顧客の年齢層が高いこともあり、基礎疾患を持っている可能性も高い。そうなると、来店してもらいたくても誘うことができない。
顧客側も気持ちは同じで、コロナの現実に翻弄されつつもミシュランの味を求めた。しかし結果的に、自らの立場や年齢が来店を拒むこととなる。
そんな危機的状況を打破すべく、篠原はためらわなかった。
この店とイタリアンを愛してくれる顧客たち。彼らのために、何か届けられる料理はないかーー
彼の頭をよぎったのは、ちっちゃな米のかたまりだった。
10代の頃、本場イタリアのサッカーを見るためにミラノで独り暮らしをした篠原。ミラノといえばイタリア食文化の中心地。とはいえ、お金に余裕のない若造はレストランに行くことができなかった。
そのため、毎日近所のガストロノミアへ寄り、安価なパンや総菜を買って暮らす日々。そんな彼の胃袋を助けた料理こそが、 ”アランチーニ”だった 。
もともとアランチーニは、シチリア島のソウルフード。小さく丸めたリゾットにパン粉をまぶして揚げたもので、「リゾットコロッケ」と表現するのがしっくりくる。
”アランチーニ” の意味は ”小さなオレンジ” 。そのまん丸いフォルムから名付けられたのだろう。
しかしアランチーニには「山型」も存在する。
シチリア島のエトナ火山を模して作られた、山型のアランチーニ。篠原はこのかわいらしくもユニークな「山型」のアランチーニを採用した。
スローフードの発祥と言われるイタリアは、食材を無駄なく使いきることに長けている。篠原は、
「生ごみの量、パスタ店の頃にくらべて7割も減りましたよ」
と驚きの表情を見せる。
店内で飲食をする場合、顧客が残す分もカウントされるため一概に比較はできないが、アランチーニを作るにあたり「食材を余すところなく使いきる」というイタリアンマインドを重視した。
リゾットの味付けとしてエビの殻を焼いて出汁をとったり、野菜の皮も出汁として使ったり、それでも余った野菜はすべて賄い料理で使い果たし、シェフやスタッフの「元気の源」となっている。
このように、フードロスの観点からも最強のアイデアを生み出すことに成功した。
現在、4種類の味が用意されているアランチーニ。じつはこれらは、”Tiepido” の精神で作られている。
Tiepidoという言葉、日本語に直訳すると
・冷たくない
・熱くない
・生ぬるい
・生温かい
このような感じでニュアンスまで訳すことが難しい。つまり日本語にはなじみの薄い、イタリア独特の言葉なのだ。
とくにイタリアンの場合、熱すぎる・冷たすぎる料理は好まれない。そんなイタリア料理の根幹こそ「tiepido」に尽きる。
リゾットもコロッケも、日本においてはアツアツを食べるのが常識だ。しかしテイクアウトの場合、アツアツを持ち帰ることは難しい。
温め直すことは可能だが、できれば完璧な料理をいつでもどこでも味わってもらいたいーー。
そこで思いついたのが、
「Tiepido、つまり熱くも冷たくもない状態でおいしい、となればテイクアウトがフィットする」
という、逆転の発想。
篠原は、冷めても美味しく感じる理由を考えた。考え抜いたあげく、リゾットとパン粉に着目した。
時間が経過してからのリゾットの食感を保つには、米だけでなくもち米やもち麦を混ぜることで、ソフトな食感とハードな食感を両方味わうことができる。
また、表面を覆うパン粉が粗いと、揚げたときに油を吸収しベタつきやすい。そこで、粉が細かく上質なパン粉を使うことで余計な油分を落とし、冷めてからもほどよい噛みごたえを残した。
その結果誕生したアランチーニは、冷めているほうが美味しくなってしまった。
冷めてるほうが美味しくなってしまった、のではない。冷めていても美味しく食べられるように生まれ変わったのだ。
篠原は、
「味わいや深みって、アツアツだとボヤけるんです。むしろ冷めてるほうが、リゾットのなかの一つ一つの食材が際立つんですよ」
と言う。
実際、半日たって食べた常温のアランチーニは、リゾットの風味が際立ち、私の味覚と嗅覚を本質的に刺激した。
素材の味を感じる、とはこのことかーー
そんな料理評論家のようなコメントが脳裏に浮かんだ。
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コロナが与えた影響は、なにも悪いことだけではない。ミシュラン常連の座を手放してでも立ち上がった、新たなイタリアンフード店のスタート。
それは、これからの時代の新しいやり方であり、顧客が求める真の料理と言えるはず。
名店「ラ・パスタイオーネ」から、生まれたてホヤホヤの「Come Stai?(コメスタイ?)」へつないだバトン。篠原は胸を張ってこう言う。
「僕の大好きなイタリアンで、『食の未来』を作れると信じています」
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アランチーニ、意味は「ちっちゃなオレンジ」だけど、山型のアランチーニが洋服を着る前の姿。
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