つなぐ女

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この職業に名前を付けるとしたら、何がいいかなーー。

友人の仕事は社内ヘルプデスクというのだろうか。社内システム構築や運用保守に関わる業務、システムの使い方に関する社員サポートなど「なんでも屋」のような仕事。

 

過去の笑い話だが、こんなことがあった。

「外資系から転職してきた人のメールに『A.S.A.Pで』って書いてあって、社内がざわついたんだよね」

 

言わずもがな、As Soon As Possibleの略で、「なるべく早く」という意味だ。それを読んだ社員から大慌てで内線がかかってきた。

 

「今のメール読んだか?!なんだこの暗号は?!」

 

この暗号読解までもが、彼女の仕事だ。

 

だが、彼女でなければ成立しない業務というものがある。それについて何か呼び名をつけたいと思っているが、妙案が浮かばない。

 

 

言ってしまえば派遣社員、目立った技術や能力を売りにしているわけではない友人だが、よくよく聞いてみると彼女にしか果たせない役割を担いながら今日に至る。

家事と育児を両立しつつ自身の趣味も大切にする友人は、契約期間ごとに「なんでも屋」として企業を飛び回る。

技術者ではない彼女がなぜ重宝されるのか。それは「人間模様」にあった。

 

「技術者って、真っすぐでこだわりの強い人が多いから、口下手だったりするのよね」

 

これは事実だ。「血液型で人格を決めるな」と言われるくらい偏見かもしれないが、ある程度その傾向にあるといえる。技術者は専門性の高い仕事をこなし、言葉で説明するくらいなら実際に体感してくださいよ、と考えるタイプが多いように感じる。

 

先日、昇華転写プリンターやカッティングマシンを販売する某企業を訪れたときのこと。最初は営業担当が対応し、実際にプリンターを動かす段階で技術者が登場した。

じつは私、技術者の彼と30分前にすれ違っている。そしてその時点で「この人は技術者だ」と確信した。なぜかと言えば、表現し難い独特な「技術者の雰囲気」を纏(まと)っていたからだ。さらに対象のプリンターを大切そうに乾拭きするあたり、愛着がなければとてもできない。

 

そんな技術者が説明を始める。衣服などの布地へデータをプリントする際に、「大事なのはこの前処理液をまんべんなく布地に吹き付けることだ」と言う。かといってビシャビシャにしてはダメで、まばらでもダメなのだそう。

「そんなに違うの?」

説明にピンとこない私が尋ねる。

「はい、もうめちゃくちゃ重要ですこれは」

メガネの奥のつぶらな瞳が光る。何がどのくらい重要なのかは不明だが、彼の熱意に免じてここは引き下がる。

 

プリンターに衣服をセットし転写開始、見事にイラストが現れた。そこへ技術者が追加説明をする。

「イラスト以外の部分に付いた前処理液は、絶対に落とさなければなりません」

プリント前に彼が「重要だ」と言っていた前処理液、今度は落とさなければならない。理由として「衣服にシミとして残るから」ということらしいが、そこまで「絶対に」と念を押す必要があるのだろうか。

「シミ覚悟なら落とさなくてもいいってこと?」

意地の悪い質問を投げかける。すると彼はグワっと目を見開き、私に顔を近づけると猛烈に否定した。

「ダメです!これはなんていうか、この液はプリントしてない部分からすぐさま排除されなければならないのです!」

ーーどうした急に、そこまで悪いことは言ってないだろう。

「これは、上手く説明できないんですが、とにかく邪魔なんです!」

興奮した自分に気付いたのか、ハッと我に返るとやっぱりいいです、と急に後ろへ下がる。きっとこういうことが過去にもあったのだろう、そのたびに営業から注意されたのかもしれない。

 

私は、

「いいよ続けて。その説明のほうがイメージしやすいから」

と言った。すると彼ははにかみながら営業をチラ見した後、「では」と続ける。

「僕的には、この液はプリント部分にだけ付着していてほしいのです」

ーーほぅ。

「なんていうか、転写されたインクとこの液だけがガッチリと結びついていないといけないんです」

ーーほ、ほぅ。

「他の部分に付着しているとパワーが落ちるというか、削がれるというか、あー、うまく説明できません!」

顔を真っ赤にしながら力説してくれた技術者は、彼にしか分からない前処理液とインクとのラブストーリーを語ってくれたのだろう。

その横で、営業がサラサラと要約したかのような、言語化された説明を囁く。

 

専門用語は私には分からない。だが、とにかく絶対にやってはいけない、もしくはやってほしくない行為が「前処理液をプリント以外の部分に残しておくこと」なんだな、ということは伝わった。

 

 

SE(システムエンジニア)は日々作業に追われる。私の友人はなぜかSEが多いのだが、彼ら彼女らは全員、

「数字であらわしてくれ」

というようなことを言う。SEが業務を遂行する上で重要な仕様書に、もしも曖昧な表現が使われていたら仕事にならない。そこには「空気を読む」とか「相手を思いやる」以前に「確実な指示」が記載されるべきで、その指示に沿って完成させるからだ。

 

冒頭の友人は、SEと誰かを橋渡しするプロと言える。

彼女は過去に、SEとクライアントが顔合わせをする場に同席し、双方の顔色を観察しながら最適な言葉で補足をする役割を果たしていた。

技術者は「こんな簡単な言葉も知らないのかよ」、クライアントは「専門用語を使われたって分かるわけないだろう」、その狭間で彼女がちょいちょいと魔法の言葉をねじ込み場をつなぐ。

本職のSEとまではいかないが、一般人よりもはるかにシステムに関するスキルと経験のある彼女は、技術者の考えも理解しつつ、それを理解できないクライアントのキャパも把握できるのだ。

 

単純に事実だけを伝えても人は動かない。ましてやビジネスであれば、お互いにメリットがなければ既存の方法を変えようとは思わないだろう。

そこで彼女は、相手がメリットに感じてくれることが何かを探し出し、相手にしみ込む言葉で伝えてきた

本人は謙遜するが、彼女のおかげでどれほどの交渉が成立したことか。

 

対外的な部分だけではない。たとえばシニア層にとっては「システム用語」というもの自体に抵抗がある。

ある日、外部からの営業に対して年配の役員らと同席した彼女。専門用語攻めでシステムの内容が理解できない役員らに対して、用語の説明だけでなくシステムの本質的な部分をかみ砕いて伝えた。

ーーこの技術を取り入れることで、我が社にこんなメリットが生まれます。

これは技術力云々ではない、もはや交渉術だ。

 

 

良いシステム/アイテムと、良い企業/人を結び付けることは、金銭的な利益以上に社会的な利益となる。そのためには双方を理解し、双方の立場で言葉をつなぐ能力が必要だ。

 

そんな「橋渡しの能力」を有する友人の仕事ぶりを表す名称を考える。

「技術屋の異径接続ジョイント」

「SEと非SEの連携アダプター」

「連結アタッチメント女」

 

・・・いまいちのネーミングか。

 

 

Illustrated by 希鳳

 

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