仕事の処理能力というか、どうすべきかの判断能力は、官民の別ではなく個々の能力なのだと思う。かつて港区役所で職員らとともに働かせてもらったことがあるが、あの頃のメンバーを思い返すと個人差はあれど人間味のある職員が多かった。正直、いかにも「お役所仕事」しかしない(できない)職員もいたが、私が仲良くしていた職員は皆、人として正しい判断をする人たちだった。
仕事ができるできないというより、人としてするべきことをしていた、という印象が強い。彼ら彼女らと同じ空間で仕事ができたことを、私は今でも誇りに思う。
なぜこのような話をするかというと、区役所で仕事をしていた頃を思い出すきっかけとなる出来事があったのだ。
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「URABE先生ですか?お送りいただいた雇用保険被保険者のフリガナ訂正の件で、相談したいことがありまして・・・」
数日前にも同じ担当者から電話があった。私が届け出た書類内容の、確認ができる資料の提出を求められたのだ。今回のフリガナ誤記は本人からの申し出で発覚したのだが、マイナンバーカードにも住民票にも戸籍謄本にも運転免許証にも「フリガナ」というのは記載されておらず、
「私の名前の読み方は〇×△です」
と本人に直筆で書いてもらうくらいならば、とりあえずは申請してみよう…ということで、ダメ元で郵送した案件だった。今思えば健康保険証にはフリガナが記載されているため、保険証の写しでよかったか…と猛省。
しかし担当者が機転を利かせ、「社労士が確認をした」という担保を元に、今回限りで処理を進めてくれることになった。これで一件落着、と安堵していたところへ再び電話が鳴ると、嫌な予感しかしない。だが逃げるわけにもいかず、どのような相談なのか恐る恐る聞くことにした。
「あまり詳しくはお伝えできませんが、じつは色々調べるうちに、銀行口座のフリガナが訂正前の読み方であることが発覚したんです…」
なんと!たしかに銀行口座はカタカナで登録をする。キャッシュカードにもカタカナで刻印がある。その銀行口座の登録を、間違ったフリガナで登録するなどあり得ないだろう。
そうなると考えられる「誤記」のシチュエーションは二つ。まずは本人があえて誤ったフリガナを選んで記入した、というパターン。じつは私、公的書類における名前の英語表記を、ヘボン式ではない文字表記で登録している。パスポートもクレジットカードもすべてそうしているので、もしもヘボン式で記載があればそれは誤りだ。この要領で、今回の被保険者も名前をあえて違うフリガナにしたのではないか、と考えた。
もう一つは、口座開設の際に記入漏れのあったフリガナ部分を、銀行側が代筆してあげた、またはシステムに入力する際に誤入力した、というパターン。当人は高齢のため、書類作成補助をしてあげたなんてことがあれば、と思ったが、キャッシュカードには自分の名前がカタカナで刻印されているわけで、本人がスルーするとは思えない。
正しい方向へアジャストさせるならば、今回のフリガナ訂正を通すべだろう。だがその時、現実的に起こりうる問題点を突き付けられた。
「もしも失業給付など雇用保険の給付を受ける場合、口座の読み仮名と違っていると受給できません」
これはあり得る!というか、年金は大丈夫なのだろうか。しかし当人は年金をすでに十年以上は受給している年齢のため、年金のほうで登録されているフリガナはきっと、銀行口座と同じなのだろう。そしていまさら、銀行口座のフリガナを訂正してもらう手間や苦労を考えると、ここで雇用保険のフリガナを訂正しないほうが、本人にとってもベターな結果となるのではなかろうか。
ハローワークの担当者も同じことに懸念を抱いていた。可能性は低いが、もしかすると現在なんらかの雇用保険給付を受給しているのかもしれない。それが支給停止となるのは避けなければならないわけで。
本来「役所の人間」は、受理した届出内容に従って淡々と処理を進めればいい立場。だが、申請者にとって不利益となる結果が想定される場合、それに気づくか気づかないかも含めて、どうフィードバックするのかは個々の考えや能力によるだろう。
今回の件は、明らかにフリガナ訂正をしないほうがいい。極論としては、誤りを誤りのままにしておくほうがいい、という助言をくれたのだ。一般的にはあり得ない相談だが、当人を思えばこその内容である。
(こんな人が役所にいてくれてよかったわ)
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かつて一緒に仕事をしていた港区役所の職員たちも、このような気遣いができる、人間味あふれる人たちだったことを思い出す。
事実として正しいか正しくないかと、それが本人にとって正しいか正しくないかは、非常に繊細で難しい線引きとなる。さらにそこでどういうアクションを起こすのか、起こせるのかは、やはりその人次第でしかないのだろう。
サムネイル by 希鳳
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