趣味で射撃をするのか、仕事で射撃をするのか

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友人と仕事の話をした。

ブラック企業、ホワイト企業の定義ってなんだろうね、と。

 

オフィシャルな見解は各省庁によって異なるが、一般的には「労働時間の短さ」「最低賃金や残業代の計算がキチンとされている」などといったコンプライアンスの徹底が基準と考えられている。

 

わたしの持論だが、労働時間が長いのは「悪」と決めつける風習は、そもそも労働=嫌なこと・苦しいこと、つまり「苦役」が前提だからだと思う。

 

まぁ誰でも、好きなことを好きなようにやって金がもらえるなら、それに越したことはない。

しかし当然のことながら、金をくれる相手が「望む仕事」をしなければ、金にはならないのが世の常。

そのため多少我慢してでも、納得できなくても、「仕事」と割り切って進める必要がある。

 

芸術家だって同じだろう。自分の作品が高く評価されれば何も言うことはない。

だが「世間の評価」と「作家が抱く作品への想い」とが釣り合わないとき、それは金銭的価値を生まない。

 

好き勝手に続けられるのは「趣味」であり、「仕事」となると我慢も苦労もつきまとう。

 

 

かつてピストル射撃をしていた頃、試合で一緒になるのはいつも警察官か自衛官だった。

そんな限られた環境で、彼女たちからピストル射撃に賭ける思いや、自らの置かれた立場について色々と聞かせてもらった。

 

彼女らは「仕事」としてピストル射撃を続けている。特に自衛官は、日本の代表としてオリンピックに出場すること、そしてメダルを取ることが目的であり、そのための練習こそが「仕事」なのだ。

 

自衛隊体育学校で任務(練習)にあたる彼女たちの、大まかな一日はこのようになっている。

午前6時に起床・点呼後、朝食。7時から清掃、8時10分に朝礼・体操。

8時半、始業開始とともに射撃場へ移動し、午前の練習開始。

昼食のために駐屯地へ戻り、12時から13時まで昼食。

再び射撃場へ移動し、14時から午後の練習開始。

およそ16時まで練習し、駐屯地へ戻る。

17時半から夕飯や風呂を済ませ、その後の自由時間で据銃練習(ピストルを構えて狙いを定める練習)や銃の整備をし、22時10分点呼、22時半消灯。

起床から就寝まで全てのスケジュールが決まっており、特別扱いなど許されない。

つまり、決められた時間でしか練習=仕事をすることは許されないのだ。

 

これほどの「ホワイト企業」があるだろうか。

 

しかし、逆を言えば「仕事以外の時間に練習できない」とも言える。これがブラック企業ならば、いくらでも練習できるだろうに。

 

当時のわたしは、毎日練習(仕事)できる体育学校の彼女らが羨ましかった。

しかし今となっては、限られた時間の中で結果を出さなければならないプレッシャーや、自衛官としての任務を背負い続けることは、想像を絶するものだったと考える。

 

民間人などお気楽なものだ。起きる時間が多少ずれようが、誰に文句を言われるわけでもない。食事や風呂だって、先輩や上司の目を気にすることなく楽しめる。試合でミスしようが、誰に叱られるわけでも、仕事をクビになるわけでもない。

 

何より、有事の際は逃げればいいのだから気が楽だ。

 

 

今から10年前となる、2011年3月11日。

未曾有の大地震により甚大な被害がもたらされた、東日本大震災の日。

 

あれはたしか金曜日のこと。そして2日後の日曜日に、ピストル射撃の大会が宮城県石巻市で開かれる予定だった。

 

体育学校の選手らは自衛隊車両で宮城県に向かう途中、大地震に襲われた。

試合に参加するメンバーは少人数のため、すぐさま市民を誘導し避難させることなど不可能。

ましてやジャージ姿の彼ら/彼女らが「自衛隊です」と言ったところで、信じてもらえるかどうか疑わしい。

 

それでも近くの避難所まで移動すると、即席でチームを作った。そしてパニックに陥る市民らを落ち着かせたり、指示を出したりするなど最低限の対応をした。

 

「あたしたちは自衛官だからさ、こういう時こそ冷静に行動しないとね」

 

友人らは体育学校に所属する選手のため、一般部隊の自衛官のように日々訓練を行っているわけではない。

だが自衛官である以上、有事の際は率先して国民の安全を確保するべく、動かなければならないのだ。

 

とはいえ、ジャージ姿の男女が本物の自衛官かどうかなど分かるはずもない。ましてや大地震の直後で誰もが混乱している最中(さなか)、余計な行動は慎むべき。

 

最終的には、メンバー内の上官の判断により「最低限の対応をしてから駐屯地へ戻ろう」ということになったのだそう。

ここでも、「非常事態だから、人数や服装など構わずすぐさま行動に移すべきだ!」とならないあたり、日ごろから有事を想定して生活を送る、自衛官ならではの判断と言える。

 

非常事態だからこそ、パニックを招かない配慮が重要なのだ。

 

 

その後、友人は体育学校を後にした。

自ら申し出たのか、監督の判断だったのかは分からないが、日本代表としてオリンピックに出場できなかったことは事実。

 

日々の練習=仕事以外にも背負うべき任務があり、24時間「自衛官」として誇りを持って過ごした彼女、今では一児の母として幸せに暮らしている。

 

好きなこと、得意なことを仕事にするのは楽しいかもしれない。

そして時間厳守で仕事をこなすことも、素晴らしいことかもしれない。

 

だが、本当に仕事を突き詰めたい人にとって、時間厳守の勤務時間ほど足かせになるものはない。

さらに、好きなことや得意なことを仕事にするのは、一瞬の喜びや幸せのために、血のにじむような努力を日々続けることをも意味する。

 

わたしは民間人で、趣味でピストル射撃をしていて良かった。

好きな時に好きなだけ練習し、自分のために試合に出て、勝ったり負けたり一喜一憂するような道楽で良かった。

 

趣味(特技)を仕事にすることほど、命を削る職業などないのだから。

 

 

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