数か月前に、オレは新しい洗濯機を買った。それまで使っていた物が壊れたわけじゃないが、たまたまネットで目にとまった洗濯機が2万円だったので、これほどの激安なら買い替えてもいいだろうと思ったからだ。
商品は当然ながら中国製。ハイアールというメーカーの5.5キロ全自動洗濯機をポチッた。一般的な家電製品としては冷蔵庫と並ぶデカさを誇り、日々重労働を強いられる洗濯機が2万円で買えるとは、こんなお得なことはない。高性能の炊飯器が10万円もすることを考えると、ブルーカラー組のコイツのコスパは最高だ。
購入のポイントとなったのは金額だけじゃない。購入者のレビューが非常に良かったのだ。ほとんどの人間が「思ったよりも音が静か」と評価している。揃いも揃って同じ感想をコメントするなど、事実以外にありえないだろう。
たしかに「中国製」と聞くと、雑なつくりで工事現場のようなモーター音を想像しがちだが、昭和の洗濯機じゃあるまいし、さすがに最低限は「イマドキの製品」のはず。
そして翌日、めでたくハイアールがやって来た。
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スリムなボディに無駄な機能を省いたシンプルな洗濯機、ハイアール。一流ブランドのそれと比べても、遜色のないスタイリッシュなフォルムをしている。オレは早速、数日分の洗濯物を詰め込んでスタートボタンを押した。
コイツのいいところは「風乾燥」という超優秀な機能が付いていること。ドラム式のように熱で乾燥させることはできないが、洗濯槽を高速回転させることで大量の風を取り込み、洗濯物の水分を飛ばして干し時間を短縮できるのだ。この風乾燥を使うか使わないかで、洗濯物の取り込み時間に数時間の差が出るほど重要な機能といえる。
なぜ乾燥にこだわるのかというと、オレは趣味で柔道をしており、練習のたびに道着を洗わなければならない。そして道着の生地は厚く布面積も広いため、乾かすのに時間がかかる。道場の女子から「生乾き臭野郎」の烙印を押されないためにも、乾燥にはナーバスにならざるを得ないのだ。
ハイアール初日、洗濯が終わるまでYouTubeを見ながらくつろいでいたところ、突然、壁を叩き壊すかのような騒音が発生した。食っていたポテトチップスを落としそうになりながら、慌てて音のする方へ駆け寄る。案の定、洗濯機の音だった。しかし部屋の壁にぶつかったのではなく、洗濯槽が洗濯機の内部にぶつかった音のようだ。
ドッカンドッカンと物凄い音が続くので、オレは慌ててストップを押してフタを開けた。中では上下の道着が右端に片寄ってへばりついていおり、脱水の遠心力が中心に集まらなかった様子。そこで道着をバラして配置し直し、再びスタートを押した。今度は静かに回り始めた。
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帰宅が深夜となるオレにとって、すぐに布団へもぐりこめないストレスはデカい。とにかく汗まみれのクサイ道着を洗わなければならないわけで、乾燥モードのついていない縦型洗濯機の我が家では、オレが寝るわけにはいかないのだ。
眠気を我慢しながら24時過ぎに洗濯機を回す。しかしハイアールの売り文句として、
「帰宅後の夜洗濯や、赤ちゃんがいるご家庭でも安心して洗濯ができます」
という特徴があるため、とにかく音が静かなのだ。実際には洗濯機と同じ空間にいると、お世辞にも静かとは言えない。だが購入者のレビューでも高評価を得ているのが「低騒音」という点なので、ここは安心していいだろう。
ところがまたしてもハイアールが暴走を始めた。ドッカンドッカンとダンプカーが壁に激突したかと思うほどの、とんでもない爆音が轟いた。ビールを吹き出しそうになったオレは、大急ぎでハイアールに駆け寄りストップを押す。今回は道着と一緒に洗ったジーパンが、道着を丸め込む形で大きな塊となり洗濯槽を傾けていた。
――それにしたって、近所迷惑になりそうな爆音はやめてくれ。
またもやオレが手で衣服を引き離すと、ちょうどいい具合に配置し直してスタートを押す。すると静かに脱水が始まった。
結局、一般家庭では道着など洗わない。つまり水分を含んで重たくなったぶ厚い布が、脱水時に片寄ることで起きる「ドッカンドッカン大暴走」など、経験することはまずない。よって、決してレビューが嘘だったのではなく、ウチが特殊な環境というだけなのだろう。
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ある日の午後、急にエレベーター内にこんなチラシが貼られた。
「居住者の方へ・・・夜中に台車を引きずるような音や、物を落とす音、足音などのせいで苦情が殺到しています」
そういえばこのチラシ、前から掲示板に貼られてたやつだよな、それが新たに作り直されている。しかもかなり強い口調で書かれているあたり、直近でたくさんクレームが来たんだろう。
――しっかし台車を引きずる音や物を落とす音って、夜中に筋トレでもしてるのか?まぁ少なくともオレじゃない。なぜならオレは自他共に認める筋トレ嫌いだからだ。なにが楽しくてあんな重たい鉄の塊を上げ下げするんだか、さっぱり分かんねぇ。
だがチラシをよく見ると「夜中」の時間帯が具体的に記載されている。「24時から25時の間」と。その瞬間、オレはものすごく嫌な予感に襲われた。
そういえば昨夜、24時過ぎに洗濯機を回した。そしてまたもやドッカンドッカンやらかした。しかし毎回オレが洗濯物の片寄りを直していたんじゃ、洗濯機の機能として問題があることになる。そこでオレは昨日に限ってドッカンドッカンを放置した。ハイアール自らに洗濯物の片寄りを修正させようと、しつけの意味も込めて勝手にやらせたんだ。
するとハイアールはドッカンドッカンしては止まり、ブー、ブー、ブーと何度かゆっくり回転してから再び脱水に入り、すぐにまたドッカンドッカンを繰り返していた。だが最終的には静かな回転が始まったので、脱水は諦めて風乾燥に強制移行したのだと思われる。
このように、時間的にもドッカンドッカンと一致する。そしてRC造のマンションで空調伝いにあの音を聞いた場合、もしかすると「物を落とす音」「足音」に聞こえるかもしれない。さらに洗濯機が回転するモーター音が「台車を引きずる音」に聞こえなくもない。
――まさかの犯人は、オレなのか・・・
(了)
サムネイル by 希鳳
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