おじいさんずラブ

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昨夜、突如降りかかってきた事件のため、通常の重力よりも頭と体が重い状態で朝を迎えた。そして夜、友人から飯に誘われていたのを思い出し、仕事に無理矢理フタをして家を出た。

大至急こなさなければならない仕事は、昨夜から17時間経ってようやく形になってきたが、顔も洗っていなければ歯も磨いておらず、風呂にも入っていない私は出掛けることに億劫になっていた。

このままソファに横になって昼寝がしたい――。

そんな気持ちが見え隠れするも、せっかく飯に誘ってくれた友人らの気持ちを無下にはできない。太い脚で床を蹴ると、重い体を引きずりながら風呂場へと向かった。

 

 

二人の友人はすでに店内でメニューを見ていた。とはいえしゃぶしゃぶ温野菜なので、個人的にはすでに決まっているのだが。

「豚バラ4皿とTKG」

一回の注文のデフォルトがこちらとなる私。むしろ、これ以外は何もいらない。運ばれてきた豚バラを端っこから箸でガッサリとすくうと、「塩もつだし」のタレに流し込んだ。

 

「あたし、おじいちゃんおばあちゃんが大好きなんだよね」

豚バラをしゃぶしゃぶしながら友人が語り出す。

「お買い物に付き添ったり、外でご飯を一緒に食べたり、介護だけじゃなくてとにかくお年寄りと過ごしたくてしょうがないんだ」

その話を聞きながら、もう一人の友人と私は顔を見合わせて苦い表情をする。

「それってさ、お年寄りを若者に置き換えると『ホストクラブにハマる』みたいなもの?」

私が彼女に質問する。

「そうだね、おじいちゃんじゃなくて若いメンズだったらそういうことだね」

笑いながら友人はそう答えた。

 

彼女は介護職員として働いているが、これは正に「好きなことを仕事にしている」の典型だろう。なぜなら、お年寄りのそばで介護をすることが「好き」だからだ。

もう少し突っ込んで言うと、「お年寄り」というカテゴリーにさえ当てはまっていれば、対象者がどんな見た目でもどんな性格でも、許容できるキャパシティがあるということで、それならば仕事として無理なく成立するからだ。

 

仕事というのは、とどのつまりは「人間とのつながり」で成立する。物を売るにも、接客するにも、組織で働くにも、すべてどこかで人間とつながっている。それゆえ、相手次第で仕事の楽しさが半減したり増大したりする。

「好きなことを仕事にしたい」

これは誰もが一度は考えることだろう。しかしこれはやめたほうがいい。なぜなら「誰か」次第では、好きなことをしているにもかかわらず、苦痛と苦悩に苛まれることになるからだ。

 

高校の頃、いやもっと昔に、私は「ピアノで食っていけたらいいな」と漠然と考えていた。理由はピアノが得意だしラクだからだ。だが大学受験を控えて、全国のピアノ上手な高校生の演奏を聞くたびに、その夢は自然と幻と化していった。

その頃の私は、ピアニストになることで生計を立てられたらいいなと考えていた。だがとてもじゃないが、そんな超人は一握りどころか砂粒よりも稀。そして私の野望を聞いた大人たちはこう言った。

「ピアノの先生や、音楽の先生になればいい」

それを聞いた私は、違和感というか嫌悪感しか抱けなかった。こいつらは、ピアノを使って何かを教えることを「仕事」と言っている。私は、ピアノを弾くことで稼ぎたかったんだ。教えることで稼ぎたいんじゃないんだ――。

 

この違いは明確だ。教師や指導者というのは教えることが仕事であり、何を教えようが「教えるプロ」でしかない。だから、教えることが好きならばそういう職業を選べばいいわけだ。

だが自分の好きなことは、少なくとも私にとっては「好きなこと」であり、それを教えることが好きなわけではない。よって、ピアノを続ける意味はなくなりその道を自ら断った。もちろん、周囲の人間は誰一人として理解を示さなかったし、むしろ裏切り者として白い目で見られたが。

 

多くの人が勘違いしているというか、理想と現実の差が不明瞭なために苦しむこととなる「好きなことを仕事にする」というものに対して、お年寄り好きな友人の考えだけはドンピシャで合致する。

若いイケメン目当てにホストクラブへ通うには、こちらが金を払う必要がある。ところが、お年寄りの食事や入浴介助をしたり、生活における手助けをしたりするのに、金を払うどころか金をもらうことができるのだから。

 

彼女こそが、好きなことを仕事にしている人なのだと、改めて羨ましく思った。

 

とはいえこのようなマッチングはなかなか珍しい。表面上は「お年寄りが好きだから」と口にする人は多いが、彼女ほど心底お年寄りが好きな人間とは、生まれて初めて会ったからだ。

よって、一般的には「仕事に好き嫌いは関係ない」というのが私の持論。好きとか嫌いとかそういう感情は一切捨てて、仕事だと割り切ればいいだけのこと。そこに想いや感情が混じるからこそ、厄介なことになるわけで。

 

だからこそ趣味を仕事にするならば、並々ならぬ強い覚悟をもって臨まなければならないのだ。

 

サムネイル by 希鳳

 

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