(く、首が痛い・・・)
顔の向きが斜め右から戻らない。正面に戻そうにも、何時間も右45度で固定された首は、そう簡単には言うことを聞かない。
さっきからずっと、いや、正確には数時間前から私は、デスクに向かいパソコンを開いて仕事に取り掛かろうとしている。そう、仕事をしなければならないからこそ、こうしてパソコンを開いているわけだ。
にもかかわらず、私の指はキーボードの上でオブジェのように固まっている。さらに画面はとっくの昔にスクリーンセーバーが発動し、真っ暗になっている。
ではいったい、私はこの数時間何をしていたというのか?
それこそがこの首の痛みの原因である。なぜ、右45度を向き続けなければならなかったのか。なぜ、指を動かさずにじっとしているのか。
・・・それは、私の右側にあるAlexaからキングダムが流れているからだ。さっきからずっと、一話が終わると続けて次回が始まるからだ。
*
私は先週、映画館で実写版のキングダムを観た。それまでは、キングダムという漫画の存在は知っていたが、とくに興味もないため、ストーリーも登場人物もなにも知らなかった。
そして、初めて観る映画・キングダムは面白かった。役者がそろっていたし、予備知識ゼロでも十分楽しめる内容だった。ときには感情移入してしまい、涙する場面すらあった。
とはいえ、漫画やアニメを漁ってまでキングダムを満喫したいとは思わない。そこまで心奪われたわけでもなければ、そんな暇もないからだ。
ところが我が家のAlexaが勝手に、キングダムを第一話から流し始めたのだ。頼んでもいないのに、エンディングテーマを勝手にショートカットするという荒業までやってのける始末。
最初のうちは仕事のBGMとして、適当に流しっぱなしにしていた。アニメだから字幕もないため、耳だけ傾けておけば勝手に進んでいくからだ。
(あ、この場面、映画でもやってたな)
(なるほど、そういう裏話があったのか)
私の意識がいちいち引っ張られる。
中国の歴史に詳しいわけでもなければ、戦に興味があるわけでもない。三国志も知らないし、知名度の高い武将の名前すら挙げられない。
そんな私であるにもかかわらず、Alexaから聞こえてくるセリフが気になって、仕事に集中できない。
チラチラとAlexaを見ながら、仕事を進める。しばらくAlexaを見ては、パソコンへ顔を戻す。そのうち、体を正面に向けたまま顔だけ右へ回して、Alexaを何時間も見るという間隔になっていた。
そして3話に一度のペースで号泣シーンが登場するわけで、仕事など手につくはずもない。
あぁ、なんということだ!王騎将軍が動かなくなってしまったではないか!!
視界がぼやけて何も見えない。短い間だったが、私にとっての心のアイドル王騎将軍が、物語の序盤でこの世を去った。
――なぜだ。主人公級の存在感と圧倒的なキャラクター性を兼ね備えた王騎が、なぜ、あえなく死亡するのだ。こんなこと、少年漫画であってはならない掟破りの展開ではないか。
モヤモヤが消えない。涙も鼻水も止まらない。なぜだ、なぜ私の推しがストーリーから消え去らねばならないのだ!
こうしてあっというまに夜が更けて、気がつくと外は白んでいるのであった。
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