山田の悲劇

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社会の縮図というか弱肉強食というか、はたまた単なるお人好しというのか。

「三人」という割り切れない人数において、二人が下した決断は強制的に実行されるものだということを、今日あらためて知った。

 

 

立派な会社を営み、家族にも恵まれ、誰もが羨む社会的地位を手に入れた山田は、クレジットカードだってピカピカのアメックス。

そんな順風満帆な人生を歩む山田は、温厚なギャングと悪質クレーマーに拉致されて、映画館に連れてこられた。そう、アニメ映画を観るために。

だがアニメと言っても実写版。週刊ヤングジャンプで連載されている「キングダム」が上映中とのことで、六本木へとやってきたのだ。

 

そもそも、ことの発端はギャングの提案によるもの。夏休みの日曜日の午後、どうせすることなど何もない暇人・山田とクレーマーに白羽の矢が立ち、三人は仲良く映画館へと向かったのである。

ちなみに関係性としては、山田とギャングは寝食を共にする仲だが、クレーマーはそこまで仲良しではない。さらに「キングダム」など見たことも読んだこともないわけで、見知らぬ漫画の実写版ほどつまらないものもない。

そんな思いを抱えたまま、それでも友達思いのクレーマーは、キングダムを観ることにしたわけだ。

 

結論として、映画「キングダム2」は面白かった。3年前に上映された「キングダム1」を観ていなくても、さらにはヤンジャンもアニメも何も知らなくても、面白かったという感想を抱ける作品だった。

そういえば「トップガン マーヴェリック」も同じく、一作目を知らないまま観ても面白い映画だった。なによりも、トム・クルーズが御年60歳にもかかわらず、あれほどの強靭な肉体と若さを保っていることに驚きを隠せなかった。

つまり、構成力や制作技術によっては、原作を知らなくても十分楽しめるということを、クレーマーは知ったのであった。

 

時間は夜の7時半。山田がこうつぶやいた。

「そろそろ帰ろうかな」

すかさずクレーマーが尋ねた。

「え?なんで?」

すると山田は申し訳なさそうに、

「家で食事が待ってるから」

と答えた。

 

愛妻家の山田は、手料理をこしらえ夫の帰りを待つ妻を放ってはおけなかった。さらには、出来立てのほやほやを頬張りたいのだろう。今すぐにでも帰りたくて、ソワソワしているのが傍目にも感じ取れた。

そんな山田に向かって、無慈悲にもギャングがこう言い放った。

「山田さん、ワンピースも観ますよね?」

この言葉に山田の顔が曇った。それはそうだろう。妻へ帰宅のメッセージを送った直後に、立て続けに映画をハシゴさせられるとは、思ってもみなかったはず。

さらにワンピースなど、さほど観たいとは思っていないことが、表情からも明らかにうかがえる。せめてトップガンならば…と言わんばかりの顔には、顕著な陰りが確認できる。

 

そこへ、クレーマーが追い打ちをかけるようにこう尋ねた。

「せっかくだから、観たほうがいいんじゃないの?」

実際のところ、クレーマー自身もワンピースが観たいわけでもなければ、アニメや漫画が好きなわけでもない。

できれば早く帰って洗濯がしたいと思っていたのだが、山田の暗い顔を見た途端、どうにかして元気づけたくなったのだ。

「20時30分からの回に、まだ空きがあるよ」

頚椎に負担のかかる最前列しか空いていないのだが、満員ではどう足掻いても観ることができないのを踏まえると、ラッキーとしか言えない。

ギャングとクレーマーはジッと山田を見つめた。

 

「じゃ、じゃあワンピースも観ようか!」

 

もうこのセリフ以外に、彼に残された言葉はなかった。そして誰に言われるわけでもなく、山田は率先して自らのクレジットカードを取り出すと、やけくそで三カ所の空席をタップした。

 

 

これで、帰宅後のひと悶着が確定したわけだ。そんな山田に、幸多からんことを。

 

サムネイル by 希鳳

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