テレビの電源を入れたのはいつぶりだろう。
リモコンを探すうちに芳香剤をぶちまけ、足はびしゃびしゃ、床もべしゃべしゃ、嗅覚が崩壊しそうだ。
*
テレビの理由はRIZIN.24観戦のため。
セミファイナル、ジムメイトの朝倉海 選手が、RIZINバンタム級チャンピオンとしての初試合に挑んだ。
朝倉海(アサクラカイ)と昇侍(ショウジ)の試合は、かわいそうだが圧倒的な実力差に終始した。
1ラウンド2分30秒過ぎ、朝倉の右ストレートで転倒した昇侍に、すかさず滑り込みながらパウンドを打つ朝倉。
起き上がろうとした昇侍の顔面へ、渾身の蹴りが入る。
立ち上がれぬまま背後へ下がる昇侍の頭部めがけて蹴りぬいた朝倉の左足は空を切り、見かねたレフェリーが割って入り試合終了。
今回の朝倉に課せられた使命は、必勝だけではない。
KO(ノックアウト)勝利プラス、ノーダメージで試合を終えることだった。
年末の大一番に向けて、本来やるべき試合ではなかったことは明白だ。
それでも、RIZIN軽量級チャンピオンとして、格闘技界を盛り上げるため、わずか一か月の試合間隔にもかかわらずオファーを承諾した。
プロたるもの、諸々の事情で身を削らなければならないわけで、本当に頭が下がる思いだ。
*
今回のRIZIN.24におけるベストバウトは、間違いなく、メインイベントとなったキックボクシングのワンマッチだろう。
神童・那須川天心(ナスカワテンシン)と、おちょくり上手なKOエンペラー・皇治(コウジ)との対戦は、下馬評からすでに35戦無敗の那須川の圧勝と予想されていた。
試合開始早々、ハイキックで散らす那須川に翻弄され、手が出せない皇治はロープを背負う形での展開。
その後も多彩なコンビネーションを駆使する那須川が、皇治を追い詰める。
1R終了間際、皇治は両手を広げて那須川を挑発するパフォーマンスを見せるが、そのままタイムアップ。
2Rに入ると皇治が積極的に前へ出て反撃を試みるも、那須川はローキックやジャブを使って冷静に対処。
最終ラウンドは、那須川がとどめの一撃をくらわせようと猛攻撃するも、被弾覚悟の皇治をマットに沈めることができない。
幾度となく那須川の打撃を浴びせられた皇治だが、最後まで倒れることはなかった。
結果、3-0で那須川の勝利。
しかしこの試合、見ている者の心を掴んだのは、明らかに皇治だった。
あの那須川の、しなやかなハイキック、コンビネーションからの膝蹴り、ノーモーションの左ストレートをモロにくらいながらも、皇治は一度もひるまなかった。
左まぶたは腫れあがり流血し、かなりのダメージを受けている様子。
にもかかわらず、決して下がることなく那須川へ詰め寄って行くのだ。
”史上最強”と謳われる神童の顔から、笑顔が消えた。
とはいえ、那須川が負けることはない。
それでも、皇治がKO(ノックアウト)される姿も想像しがたい。
入場からすでに、スーパースター・那須川への拍手や声援で盛り上がるさいたまスーパーアリーナだったが、最終ラウンド、その熱気はいつのまにか皇治へと向けられていた。
あの試合を観戦した全国の格闘技ファンは、皇治が「勝つこと」を望んだというより、皇治が「奇跡を見せてくれること」を期待したように思う。
あれほどのダメージを負い、多くの有効打をくらっていれば、それでもなお前へ出ることなど普通はできない。
皇治は倒れてもよかった。
倒れたとしても、誰もがその健闘をたたえたはずだ。
那須川がいっそのこと、一撃で終わらせてくれればよかったのだ。
しかし皇治からは、「あきらめない」(個人的に大嫌いな言葉)とはまるで違う”執着”が見えた。
あきらめない、という言葉は、どこかすでにあきらめている。
あきらめないのは、負けてもなお、しがみつくことをあきらめていない、という印象を受けるからだ。
しかし、皇治は違った。
那須川に勝てるとは、ほとんどの人が思っていなかっただろう。
それでも、別次元で戦いを挑み続けていたことが、すべての人へと伝わった。
皇治のファイトスタイルは、負け犬ではない。
那須川がベストを尽くしても倒せない相手であることを、明確に示した戦い方だった。
外見上のダメージはあるがフィジカルとメンタルは生き生きとしている、そんな状態に見えた。
精神論や根性論といった低レベルな話ではなく、勝ち負けより少し、斜め上の戦いをしていた。
3分3Rの激闘はあっという間に終わった。
試合を観戦した我々は、2人の勝ち負けを見たのではない。
格闘技という、己のすべてを賭けた、闘い方を見たのだ。
勝敗やテクニック以上の、格闘技が持つ臨場感と本気度を、久しぶりに楽しませてもらった9分間だった。
ーーつぎは、私の番だ
Illustrated by 希鳳
コメントを残す