素人というのは、ややもすると大いに勘違いをし盛大に思い込むもの。だからこそ、単純かつ幸せな状態に身を置くことができるのだ。そして"信じる者は救われる"わけで、大食漢のわたしは「減量食」という名の特大クリームシチューを頬張るのであった。
しかも、スプーンではなく玉杓子(レードル)で鍋から直接掻っ込む姿は、どこをどう見ても大食い選手権常連の風格。それでもわたしは、友情を信じて咀嚼を繰り返した。「減量用の無水クリームシチューだよ」という、友人の言葉を信じて——。
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港区のわが家に、足立区からシェフ・・いや、最近料理に目覚めた友人が食材を引っ提げてやって来た。前回は"減量無水カレー"という名の減量食を大量に作ってくれたわけだが、あれ以来"料理"という行為に味を占めたらしく、カレーと同じ具材でルーをシチューに変えてみたのだそう。
ジャガイモ、ニンジン、ブロッコリー、ナス、白マイタケ、ブナシメジ、マッシュルーム、若鶏ささみ、粒コーン・・・たしかにこれらは、カレーでもシチューでもどちらでも使える具材である。そして今回は、カレールウの代わりに低脂肪牛乳とクリームシチューの素を投入することで、健康的かつ減量向きの一杯が出来上がるという算段だ。
なぜ友人が、突如「無水料理」に目覚めたのかというと、SNSで"減量無水カレー・シチュー"の作り方が紹介されていたらしく、それを見ながら作ってみたところ想像以上の美味さだった・・という単純な動機だった。
かくいう友人も減量中であり、にもかかわらず大量のカレーやシチューを食べても体重は順調に減少していることから、「外食よりも自分で作るほうが体重管理がしやすい」と気づいたのだそう。
そして、自慢げに美味そうなカレーやシチューの動画を送りつけてくる彼に対して「そういうのいはいいから、早く実物を作ってくれよ」と凄んだところ、物価の安い足立区で食材を調達し港区までやって来たのだ。
足立区では、野菜や肉がリーズナブルな価格で提供されている・・という噂は聞いていたが、まさかここまでの安さだとは驚きである。ビニール袋の底に貼りついていたレシートを伸ばしてみると、最も高価な買い物が「クリームシチューの素」で358円だった。そのほかの食材はほとんどが100円台で、粒コーンなど1キロで198円という破格の安さではないか・・・ん、粒コーン1キロ??
「小さい袋でも150円くらいしたから、だったらデカいほうがいいと思って」
——な、なるほど。まぁその金額差ならば、わたしも1キロを選ぶだろう。
というわけで、大量の食材を大型の深型フライパンで煮込むわけだが、当然ながら容量オーバーで入りきらない。とくに1キロの粒コーンが半分以上残っているではないか。
「とりあえず、火は通ってるから食べてもらえるかな」
そう言われたわたしは、炊き出しに並ぶホームレスのように器を差し出すと、ジャガイモやニンジンといった大型の食材とスープをよそってもらった。そして、空いたスペースへ残りのジャガイモや粒コーンを放り込むことで、山盛りギリギリですべての食材を鍋に収めることに成功したのである。
——この時点で、4回おかわりしているのだが。
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こうして、減量用無水クリームシチューが完成した。食材はどれもヘルシーであり、カレーと比べるとカロリーが高いことや、粒コーン1キロに大量のジャガイモは相当な糖質であること、さらに、大型の鍋に山盛りの具材を使っていることを除けば、完璧な減量食である。
ちなみに、クリームシチューは傷みやすい料理として有名。その理由として、牛乳や野菜を使っていることや、とろみのせいで熱が冷めにくいため雑菌の繁殖が早いことが挙げられるが、だからこそ早めに食べきる必要があるのだ。
であれば、別の器によそって食べる暇などない——というわけで、コンロに乗せられたフライパンの前に立つと、調理で使用した玉杓子を使って食べ始めた。無論、唾液のついたお玉をシチューに突っ込むわけにはいかないので、一杯を食べ終えるたびに洗っては再び山盛りのシチューをすくう・・を繰り返すのであった。
そして今、およそ三分の一を食べ終えただろうか。深型フライパンの半分もいかない時点で、わたしの腹はハンプティダンプティのように膨れ上がってしまった。
あと一時間で日付が変わる。今日中に、なんとかして半分は食べてしまいたい——。
(あ、あれ?減量食のはずじゃあ・・・)
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